終電を寝過ごしたら不思議な場所についた
107 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/03(水) 14:11:12.15 ID:d4Y+SizK0
余韻に浸っていると、この世界に来てはじめて、この世界の事について想った。
朝遅く起きて、朝ごはんを食べて、草木に寝て、風と遊び、自然を着て、夜を歌い、そうしてまた、笑って明日を迎えられる。
この世界には、求めていたものが全部あった気がした。
自由な時間、気安い服に、とても大きな自然と、太刀打ちできない不思議と、美味い酒と、食べ物と、気のいい奴らが居た。
不自由がなかった。
不自由を生むものもなかった。
ここには燦然と輝く自由があって、ただお腹いっぱいそれを満喫すれば、毎日を過ごせた。
俺はここにいていいのだろうか。
向こうの世界ではどうなっているのだろう。
納期が遅れたりとか、捜索願が出されたりとか。
いつか向こうに戻らなければならなくなって、浦島太郎のように、別世界のようになってしまった、あの時間の流れが速すぎる世界に帰るのだろうか。
俺は、戻りたいのだろうか。
果たして、この楽な世界に俺だけが居て、何となく心に抱えたもやを、罪悪感を、どうしたらいいのだろう。
胸の中で、カチッと音がした。
108 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/03(水) 14:12:04.43 ID:d4Y+SizK0
気が付けば空に立っていた。
足元で星が綺麗だった。
111 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/03(水) 23:28:36.23 ID:d4Y+SizK0
宙に浮いてはいなかった。
確かに透明な空気の上に立っていた。
足元にはどこまでも落ちていきそうな深い夜空が広がっていて、星々はその深さを示すように点々と違う位置で輝いていた。
上には覆うように地面が……いや、まともな地面は見えなかった。
ただ無機質な高層ビルがつららのように織り連なっていて、人工の灯りが、足元の星の代わりに光っていた。
「……これは……」
胸ポケットに手を入れる。
ついに開かなかったあの箱は簡単に開いていた。
中は時計の中身みたいに複雑で、平凡な目では何一つわからない。
ただ箱は開いていて、天地はひっくり返っていて、箱の中で機械がせわしなく歯車を回していた。
「何で、ビルが……」
ぶらさがった黒く鈍いつららたちは、この世界のものではなかったはずだ。
何故、今。
「へえ、ニニは新宿に住んでたんだ」
「?!」
どっと汗が噴き出た。
「ホラ、あれ東京都庁でしょ」
横を見ると、空に立ったツガが微笑んでいた。
――――『星空の逆転と、つらら』【完】
114 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/04(木) 06:12:49.07 ID:pUtngaMAo
ツガはいったい何者なんだ……
乙ー
115 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/04(木) 08:16:06.72 ID:ssYzjur4O
乙
舌ったらずなぼるいちが誰の言った言葉なのか気になる
116 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/04(木) 13:38:52.23 ID:oH9MStTAO
アタゴオルかイバラードを彷彿とさせる世界だけど、たまに切なさや恐怖のタマを放って来るのが新鮮。
112 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/03(水) 23:30:15.74 ID:d4Y+SizK0
§5『ツガの秘密、ぼるいち』
117 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/05(金) 17:21:57.48 ID:83dfT11N0
ツガは微笑んでいた。
顔に半分かかる影が、彼の闇の部分をさらけ出したようで、酷く不気味に思えた。
「……何で、お前が新宿を知ってるんだ」
「互いに干渉しない世界同士の事情を知るには、方法はひとつしかないだろう?」
世界間の移動。
俺が偶然にも、終電を寝過ごすことで成立した方法だ。
「ツガ、お前は……俺が居た世界の住人なのか?」
「ああ、俺は実年齢も方言も、容姿でさえも偽りながらこの世界で息をしている。気づかなかったか?猫と人が混ざっている奴なんて、俺以外に見ていないだろう?」
「あ……」
「ゴボウとヒヤムギは、幸いにも信じてくれた。彼らは素直で、愚直だ。言われた事や起こった出来事に対して疑問を抱かない」
『神話の混ざりもんか?!』
ここに来た時、ゴボウに言われた台詞を思い出す。
思えばあれから、ただの一度も「混ざりもの」という言葉を聞いていない。
「もっと思慮深いやつが居なくて助かった。『ねんねこ』は良い隠れ蓑になる」
普段のツガなら、このように冷酷に他人を分析することはなかっただろう。
あえて醜い部分をさらけ出しているその行為が、今までの神がかり的な信頼性を壊す、更に言えばツガのある種「人間らしさ」を物語るモノであり、告白の現実性をいよいよ浮き彫りにさせた。
118 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/05(金) 17:36:14.32 ID:83dfT11N0
「『ノスタルジア』」
「?」
「その箱の名前。届かない故郷を想った時、相変わらず届かない故郷は、空と地面を反転させた、逆位相の幻として投影される」
「……それで、新宿が」
「ニニに見せてもらおうと思ったんだ。そしたら何か思い出すかもしれないと思ってさ」
「思い出す?」
「ああ、でも駄目だった」
ツガは寂しそうに笑った。
「思い出せないんだ。俺が本当は何て名前で、本当は何歳で、何をして、誰と過ごしていたのか」
122 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/06(土) 01:35:26.19 ID:rHbIzvJL0
「俺の名前、ツガはさ、先代の『ねんねこ』マスターがつけたんだ」
ツガはひどく衰弱した状態で見つかったらしい。
ノブナガと先代の甲斐甲斐しい看病のおかげで何とか一命を取りとめたのだそうだ。
「俺の倒れてた場所ってのが、ツンガリ森。そこからとって、ツガ。ペットみたいな安直な名づけ方だよな」
乾いた笑いが虚しくて、喉が苦しかった。
「ペット」という概念もこちらの世界には存在しない。
その常識の記憶のみが、ツガが元の世界の住人だという証なのだ。
「倒れる前の記憶はない。おぼろげに彷徨っていたことだけ何とか頭の隅に残っているだけ。耳と尻尾、それにひげはもうこの時には生えていた」
つまり彼の「混ざりもの」たる特徴全ては、彼の意志ではない後付けという事だ。
あの物知りのノブナガでも、原因は分からなかったのだろう。
あるいは、分かっていたのに話していないのか。
「これが俺の全部だよ。なあニニ、何もないんだ俺。正直言うとちょっと怖くてさ、ハハ、いつか俺なんていなかったように、何もなかったように消えちゃうんじゃないかって、ちょっと怖いんだよ。振り向いたら後ろに歩いてきたはずの道がなくて、自分が立っている場所の危うさに気づかされる」
「何より怖いのが、自分の命が少しも惜しくない所なんだ」
123 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/06(土) 05:34:54.42 ID:JxrWgBNBo
ものごとが直感的にわかる能力があるのに自分のことはわからんのだなあ……
124 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/06(土) 14:53:57.01 ID:rHbIzvJL0
「ツガ」
「ニニ、お前に対しても俺は時々、残酷な仲間意識を芽生えさせてしまいそうで、怖い。いっそお前も、俺と同じようになっちゃうんじゃないか、きっとどっかで、なってしまえばいいとさえ思ってるんだ、俺も」
何も言えない。
それは彼の立場から見た、真摯な心だからだ。
同じ立場でない人間が口を出すべきではない。
ましてや、彼よりずっと記憶に恵まれている俺からは。
どんな気持ちだろうか。
自分を守るモノも、自分が守るモノもないというのは。
「ニニ、」
そう、何か言いかけた時、ツガは少し違う目をしていた。
心の闇は一瞬だけ影をひそめた。
俺の良く知っているツガの優しい目。
「……戻ろうか、ゴボウたちが心配するからな。箱に向かって『もう少しここに居たい』って言えば終わるよ」
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