終電を寝過ごしたら不思議な場所についた
1 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/14(木) 19:09:15.55 ID:hlPstcEq0
ぼんやりとした頭で外を見ると静かに電車が止まっていた。
振り返って駅名を見ると『風の分岐点』。
こんな地名あったか、と思ってドアの上にくっついている路線図を見ると、なるほど確かにある。
『猫尾っぽ』『狐尾っぽ』『クリーム木星町』……『風の分岐点』。
渋谷がねぇ。
2 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/14(木) 19:22:07.40 ID:hlPstcEq0
で、さらにここは終点だった。
「マジかよッ」
携帯を開くと案の定圏外だ。
どっ、と絶望と疲れとがのしかかってきて、椅子に身体を預ける。
ふと上を向けば釣り下がっている広告が扇風機の風に揺れていた。
『ダズニャックのまたたび酒、今年は十年に一年の当たり年!』
『取り換え式小指(箪笥の角用)』
『前の彼とは、違う笑顔。(新にこやか薬)』
並行世界、というのだろうか、こういうのは。
ため息をひとつついて立ち上がる。
とりあえず降りてみない事には何も分からない。
よく見ると電車内に残っている客は俺一人だけではなかった。
向かい合っている座席の、反対側の端に座っていた男が今荷物をまとめて、外に出ようとしている所だ。
ぴょこぴょことせわしなく動く、三毛の耳が生えている。
3 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/14(木) 19:29:37.47 ID:hlPstcEq0
「あ、あのっ!」
「んー?」
中々精悍な顔つきの割に、その返事はのったりとしたものだった。
降りる彼に思わず声をかけた。
無人駅に二人きりでいる。
「どしたで?ニィはどっかで会った事あるかいニャ?」
少しイントネーションや語尾は違うが、とりあえず言葉が通じることに安心した。
5 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/14(木) 19:39:14.87 ID:hlPstcEq0
「てか、ニィ、……黒髪……」
「ん?髪?」
震える手で指さす先には俺の黒髪があった。
その手にも三毛がびっしりと生えていることに少々驚く。
黒髪がそんなに珍しいのだろうか。
周りに人が居ないので判断がつかない。
「はーっ、初めて見たげな、黒て。 ニィはどっか遠いとこから来たんち?」
「あ、ああ、東京の銀座から……」
「??」
やはり通じないみたいだ。
6 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/14(木) 19:47:10.84 ID:hlPstcEq0
「まあ、遠いとこならよく来やったでな、こんなさびぃ駅に」
彼は名をツガと言った。
この駅の近くで酒屋を経営しているらしい。
無精ひげ(頬に三本ずつある猫ひげではない)のせいで老けて見えるが、まだ14歳らしい。
俺の年を言ったら逃げ出しそうな勢いで驚いた。
「はあ?!29?! あ、アンタすぐに申請したら世界記録やんでそんなん……29て……よぼよぼやんけ……見た目12かそこらなのに」
寿命の基準も違うとは。
7 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/14(木) 20:04:17.16 ID:ric2epwGO
この雰囲気たまらん
9 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/15(金) 18:38:18.98 ID:XqrHRaoj0
駅から出て(無人駅なので料金は払わなかった。一応元の世界の切符も買っていたので無賃乗車にはならないと思う)、しばらく行くとツガの経営する酒屋に着く。
道すがら事情を話すと、しばらくその店の方に厄介になれることになった。
懐の大きさに深く頭を下げる。
住み込みで働いて、寝床と飯はどうにかなりそうだ。
「実は俺の他に、店にはもう二匹猫がいるんだよ」(こっちの世界の方言に馴れたので、ここからはおよそ標準語表記)
「猫?」
「あーそうだねぇ、前の世界では人間の形したのとしか話せなかったらしいけど、こっちじゃそんな事はない。猫と人は話せるし、俺みたいに尻尾と耳の付いた混ざりもんも居る」
「ほう」
「ま、気のいい奴らなんだけど悪戯好きでね。まぁ友達になってみてくれ」
そして目的地に着いた。
御酒『ねんねこ』。
てっきり「大将、やってる?」を想像していたが、これはどちらかと言えば「マスター、いつもの」の方だな。
もうかなり遅い時間だったが、まだ明かりがついている。
ここに来るまでにかなり変わった家をいろいろ見てきたが、ここもすごい。
でっかい木を生きたままくりぬいて家にしてある。
10 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/16(土) 16:57:20.35 ID:K2mlVDhE0
「森に街が出来てるんだな」
「森がないと俺たちは生きていけない。他にも砂漠や水や火山とかもあるけど、その辺は伝説や神話が住んでいてなかなか近づけないんだ」
「神話?!」
「ああ、一般的な次元では大凡語れない化物たちだよ。何か特殊な事情でもない限り、行かない方が良い」
特殊な事情。
そう言うツガの目には、かすかに「事情」の影が見えた。
都会のビルの森で鍛えた、人工の勘である。
「たでぇま」
「おじゃまします……」
ドアを開けると中から勢いよく一匹、飛び出してきた。
「おかえんなさーい!」
「ぐあっ!」
そいつはツガに抱き付くと2、3m転がってようやく止まった。
11 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/16(土) 17:21:34.65 ID:K2mlVDhE0
「こらツガ!また俺にないしょでおいしいもんを食いに行ったんだろう!そうだろう!」
「ちょ、待って……重い……」
「あ、そこにいるのはニンゲンか!黒髪なんて珍しいな!神話の混ざりもんか?!」
「んなのいる訳ないだろ……てて、今日から一緒に暮らすんだよ」
「そうか!」
なんて順応の早い。
飛び上がったそいつは俺の前でくるんと一回転すると、後ろ足でしっかりと立ってお辞儀をした。
ベストを着た、腹の真っ白い黒猫。
「オイラはゴボウって名前だ。よろしくな黒髪!」
「あ、ああ……どうも……」
あまりに流暢に話すもんだから面喰ってしまう。
「ニンゲン、お前名前はあるのか?」
「ニ、ニノミヤだよ」
「あいなる。二ニノミヤ、歓迎するぜ」
惜しいけど違う。
あいなるは地方の幼児語で「なるほど」というのだと、ツガにあとで教えてもらった。
12 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/16(土) 17:32:30.77 ID:K2mlVDhE0
店の中は落ち着いた雰囲気で、でも不思議なものが沢山あった。
床は本物の草の絨毯。
テーブルはでっかいキノコだった。
「すごいな」
「どこもこんなもんさ」
真ん中の柱を中心に、見た事もない軌道で小さな星々が回っている。
手で触れることはできない。
「それはこの木の周回だ」
「周回?」
「そ。この木がどこで生まれ、どのように育ち、どのように死んでいくのかを木の中で記録している。くり抜いちゃったし、綺麗だからそのままおいてるの」
13 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/16(土) 18:45:15.61 ID:K2mlVDhE0
「年輪みたいなもんかな……」
「一年ごとの周回が刻まれて年輪になるんだよ」
『ねんねこ』はカウンターに席が六つと、四人掛けのテーブルが二つ。
店の中の灯りはランプや蝋燭で賄っている。
「ゴボウ、お客さんは?」
「きたけど、二人くらい。ツガがいないなら帰るってさー」
「悪いことしたな」
「ニニ、お前は何か飲むか?」
「ん?」
ニニ?
「二ニノミヤだからニニだお前は。俺はゴボウで、こいつはツガ。後は……」
「たらいまーっ」
「あ、帰ってきた」
玄関に、細目ででっぷりとした大きな白い猫。
「月光タンポポ取ってきたわよん」
「おかえんなさーい」
「あんらあ、見ない顔がいるわあ」
「ニニ。ついさっきここに住み始めたの」
「おや、よろしくニニ」
猫はゴボウと同じく頭を下げたが、おなかがつっかえて少ししかお辞儀できなかった。
「ヒヤムギ」
「?」
「って名前」
「ああ、よろしくヒヤムギ」
「うふふ」
14 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/16(土) 18:55:44.75 ID:K2mlVDhE0
ヒヤムギの手には、キラキラと光を放つタンポポが握られていた。
まだ綿毛にはなっていなくて、銀色の可愛い花が咲いている。
「予備も取っといてよかったねえ。ニニの分もあるよん」
「ああ、ありがとう。綺麗だね」
「にゅふふ、綺麗じゃ腹は膨らまないぜ」
「ヒヤムギ、これ明日綿毛になるやつだよな?」
「愚問よ愚問! 月光タンポポの日付間違えるほど馬鹿じゃないぞ」
日付?
首を捻っているとツガがちょいちょいとタンポポの茎を指さした。
中を見ると、ぽっちりと銀の光が点いている。
「光が全部花に溜まれば綿毛になるのさ。一日一個光が茎から飛んで、今光ってるのは最後の一つ」
「なるほど……なあツガ、月光タンポポって何に使うんだ?」
「向こうの世界じゃないんだなあ、楽しいのに」
「遊ぶのか?」
「ま、明日になるまで楽しみにしてて」
そう言ってカラカラと笑う。
弱ったなあ、こういうの気になって眠れないのに。
「じゃ、今日は部屋に荷物おいておやすみ。ゴボウとヒヤムギは案内したげて」
「合点!」
「いいわよう」
18 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/17(日) 11:32:55.93 ID:8zDgO31t0
「ベッド、ハンモックなのな」
「寝苦しかったら下にポタン綿あるから使ってね」
「ポタン綿?」
「うん、上から掛けるの」
ポタン綿は薄いかけ布団だった。
まさか、この形で自然界から獲れるとか言わないよな。
「ほいではさらばじゃっ」
「ねんねこー」
「ありがとう、おやすみ」
二匹が去ってから、ハンモックに身体を預ける。
奇妙な世界に迷い込んだもんだ。
だが妙に落ち着いていて、居心地がいい。
都会の喧騒も、精密機械の歯車も、上司の小言も書類の束もない。
あるのはゆっくりとした、不思議な時間の流れだけ。
「ねんねこ」
幼児語でおやすみ。
明日を楽しみにしながら、すぐ眠りに落ちた。
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