終電を寝過ごしたら不思議な場所についた
164 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/16(火) 21:00:49.34 ID:mgnkvK+40
「にゃっ このっ」
「じゅしっ でゅしっ」
飛んでくる雪玉の半分を喰っているヒヤムギの方が優勢だ。
アイツの腹は某猫型ロボットのポッケにでも繋がっているのかもしれない。
隠れて笑っていると、ついつい顔を出しすぎてしまったのか流れ弾が当たった。
「ぶっ」
「あっ ニニがいるぞ!」
「集中砲火じゃ!!」
おまけにバレた。
肉球で頑張って握っているので顔に当たるとそれなりに痛い。
後ろも振り返らずに逃げ出した。
「こらっ 大人しく雪玉を当てられなさい」
「にゃーんっ」
もう手が付けられない。
踝までもありそうな雪の層をかき分けながら、必死に逃げる。
165 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/16(火) 21:12:52.67 ID:ke7Vxh08o
あっという間に共同戦線とか仲いいなこいつら!
166 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/16(火) 22:22:31.90 ID:mgnkvK+40
「はあ、はあ」
口から白い息が漏れて、その度に喉がひゅうひゅうとなった。
日にあたる真っ白な雪は目に痛くて、激しく距離感を失わせていた。
「はあ……はあ……あれ?」
流石にもうここまで逃げればいいだろう、そう思って振り返ると彼らは居なかった。
もう随分と俺の足跡しか続いていない。
どうやらまくどころか迷子になってしまったらしい。
見えるモノと言えばかろうじて存在している枯れ木と、空と、雪。
「おお―――いっ ヒヤムギ―――ッ ゴボー―――ッ!!」
返事はない。
さっきまでの楽しい気持ちは風船みたいにしぼんでしまって、それにとって代わって不安が押し寄せてきた。
人は自然の中に置き去りにされると絶望する。
自分では太刀打ちできないと、そう思ってしまうからだ。
何か人が作ったものが見たい。
人の気配が欲しい。
「……!!」
そう思って懸命に叫んでも、声は虚しく消えていくだけだった。
169 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 00:24:12.62 ID:xOxuaHbn0
「はあ……はあ……」
それから彷徨って随分になるが、一向に何かが見えてくる気配はない。
不安が高まるにつれて、疲労とか空腹とか寒さを、より強烈に感じるようになってきた。
息を吐く唇が震える。
「……携帯、とかが、あればな、……はは」
言ってもしょうがない独り言。
掠れた笑い声を上げた拍子にどさりと尻餅をついた。
ああ
寒い
眠い
起きなきゃ
起きてどうするんだ
歩くのか、あの真っ白な無限を
嫌だな
眠い
どうせ
どれだけ歩いても
何もないんだ
眠ろう
170 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 00:28:45.69 ID:xOxuaHbn0
「……ん……」
「眠った、はずじゃ……」
「ここは……?」
『「風の分岐点」』
「え?」
『ここは「風の分岐点」。君の通り道』
「……それって、駅の名前、じゃ……」
『駅の名前は土地の名前、土地の名前はここの名前、ここの名前は私の名前』
「何を……」
『ようこそ「風の分岐点」へ。二宮渡』
171 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 00:37:17.40 ID:xOxuaHbn0
「……俺の名前……どうして……」
『全ての者に名前があり、君もまた例外ではない。ここは「風の分岐点」。差し掛かる君の分岐は、君が生を受けた世界からの通り道。仮宿の名前を使う事は、ここでは許されない』
「仮宿の名前……?」
『ニニ。それがマガリ ゴボウの付けた、君の新しい名前』
「ニニ……」
『その名前はこの世界の通行証。何者にも犯されず、何者にも左右されない、君だけのモノ。しかしこの世界で名前を得ることは、風の分岐を作るという事』
「なあ、アンタ!」
姿も見えない何かに言う。
『?』
「……もしかして、ツガに会ったことがあるか?」
172 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 00:46:30.73 ID:xOxuaHbn0
『ツガ。それはスバラキ ネコメとガゼン ノブナガが名付けた、浅野 雄一郎の新しい名前』
「ノブナガ……そうか、あの医者もツガを助けてたんだっけ」
『先ほどの問いに答えよう。会ったことがある』
「!」
『彼もまた「風の分岐点」を通っていった』
「やっぱり……」
『君が生を受けた世界と同じところから来た。そして、分岐を進んでいった』
「さっきからその、分岐っていうのは何なんだ?」
『分岐とは分かれ道。自らの手で進んでいく方向を選択するための、選択肢の束』
「……つまり、俺は何かを選択しなきゃいけないって事か?」
『左様。分岐に差し掛かったのは君で六人目だ』
『元の世界に帰るか、こちらの世界に残るか、選べ』
「!!」
173 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 01:36:33.40 ID:xOxuaHbn0
『君たちのような存在を「風の分岐点」では旅人と呼ぶ』
『君の居た世界と今いる世界は無関係だ。旅人と言えど二つの世界に居場所を持つことはできない。しかし二つの世界はいくつかの抜け道で繋がっている』
「抜け道……」
『一つは、放課後の教室で独り泣く事。二つは、路地裏で猫を撫でる事。目をつぶって商店街に入る事。終電を寝過ごす事。森で道に迷う事。そして』
『高い所から落ちる事』
「ツガは、どの方法で来たんだ?」
『彼は高層ビルの最上階から落下した』
「……」
『彼が「風の分岐点」に差し掛かった時、私はやはり同じ問いを投げかけた。彼はすぐに、残る道を選んだ』
『彼の耳や目、尻尾は枷だ。あの姿では元の世界に戻れない』
『また、残る事を選択した旅人は、元の世界での自分について知る権利を消失する』
「記憶喪失になるって事か?」
『単なる記憶操作ではない。元の世界での存在と逆の出来事が起こる』
『元の世界では、自分の事が何でも分かる代わりに他人の事は何もわからなかった。この世界に残る旅人は、自身について一切知れなくなる代わり、他の物事が手に取るようにわかるようになる』
175 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 12:37:20.85 ID:xOxuaHbn0
『選択をするというのは手放し、手に入れる事だ。一方で幸せだったかもしれない未来を捨て、不幸かもしれない未来を進んでいく。その逆もしかり』
「俺は……どうすれば……」
『案ずるなかれ。これは君の日常でしばしば起こる、残酷で単純な選択の一つに過ぎない』
『大きな分岐も小さな分岐も、生きる上で幾度となく課せられる選択だ。今日玄関を左足から踏み出せばどうなるだろうか。昨日まで友人だった者を、今日無視したら? ……生命を全うするという事は、自身の前にある数々の分岐の中から一つを選んで、進んでいくことに等しい』
『さあ君は、どちらの未来が見たい?』
答えられる訳がない。
考えないように考えないように、頭の隅に追いやってきた問題だからだ。
偶然手に入った不思議で面白いこの日々を、生きていくだけで俺はいいのだろうか。
灰色のビルの立ち並ぶ変化のない日々を、生きていくだけで俺はいいのだろうか。
明確な答えは出ない。
少し考えさせてくれ、とは言えない。
時間は与えられてきた。
『手に入れるという事は、失う怖さと向き合う事だ。例え後悔しようとも、怖れて悩んで君が進む分岐は、どちらも決して間違いではない』
『隣の花は赤く見えるモノだ。ツガが今必死になって、自分自身について調べているように』
174 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 06:41:00.76 ID:tkSGXrKdo
自分から手放したのにいざ失うとまた欲しくなるってのは人間の業だな
177 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 14:57:10.92 ID:xOxuaHbn0
「俺は……」
きっと俺はこっちに残った時、ツガのようになる。
『今の幸せ』を口開けて待っているだけじゃ飽き足りなくて、もしかしたら自分が持っていたかもしれない『幸せの可能性』を必死に調べることになるだろう。
思えば彼はどの不思議に対しても、どこか一線引いた位置で、静かに見守っていたように思う。
ゴボウやヒヤムギみたいに、全力で何も考えずに楽しめたら。
けれど決してそんな風にはなれない事を、俺は正直に認めていた。
向こうに戻った時、俺はきっとこの世界を羨むようになる。
都会の喧騒も、精密機械の歯車も、上司の小言も書類の束もない。
このゆっくりとした時間の流れを思い出し、後悔しながら、社会のちっぽけな一部に組み込まれていくのだ。
今までと同じように。
「俺は……」
どうしたい。
『さあ、答えを聞こうか』
178 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 15:05:10.48 ID:xOxuaHbn0
『おめでとう、そして「風の分岐点」は進まれた』
理由はどうか聞かないで欲しい。
元々一面真っ白なのに、それすら涙でよく分からなかった。
――――§7『ツガの秘密、ぼるに』【完】
179 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/17(水) 15:06:02.55 ID:xOxuaHbn0
§最終『そしてまた、ハルワタリの季節』
181 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 00:03:08.77 ID:DOY5Ve8u0
酷く衰弱した状態で雪の中に倒れていた俺を、奇跡的にヒヤムギが見つけてくれたらしい。
彼らの甲斐甲斐しい看病で、翌日には体を起こせるようになって、三日も経てば普通に動き回れるようになった。
お礼を言おうとしたら二匹揃って手を差し出してきたので、ねんねこで稼いだ金を半分ずつ押し付けてやった。
奴らよほど嬉しかったのか、狂喜乱舞しながら店の一番大きなボウルをしっかり抱えて外に出ていった。
しばらくして満足そうに帰ってきたが、ボウルはやはり空だった。
毬みたいなおなかをさすりながらどっかりと椅子に座り、そのまま彼らは寝た。
本当に本能に忠実な奴らだ。
俺が動けるようになってすぐ、季節は春へと移り変わりを始めた。
この世界は本当に四季の巡りが早い。
あの大雪の日から数えて既に、二週間が経っていた。
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