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終電を寝過ごしたら不思議な場所についた

2019年11月15日

182以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 00:14:12.76 ID:DOY5Ve8u0

今日、俺は珍しく早起きをした。

鳥の鳴く清々しい朝だった。

ねんねこは居酒屋だから朝はゆっくり惰眠を貪っていい。

今も一人と二匹は舌で眠っている。

「さて」

息を一つ吐いて立ち上がる。

ハンモックのベッドに、貸してもらっていたポタン綿を丁寧に畳んで、その隣に服も畳んでおいた。

服の上に、ノスタルジアと、世話になった旨を書いた手紙を置いた。

忘れ物はない。

一年ぶりに着るスーツは肩が狭くて、借り物のように着心地が悪い。

携帯もパソコンもとうに電池は切れて、鞄と一緒に埃をかぶったまま部屋の隅に眠っていた。

ああ俺はすっかり、この世界の住人になってしまっていたのだ。

そう思うと喉が苦しくなった。

息をつく暇もなかった毎日が思い出されて、苦しさを振りほどくように足早に一階へ降りた。

183以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 00:22:10.83 ID:LMxDOpG8o

お別れをいう時間くらいはもらえたのか
よかったな

184以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 00:24:55.38 ID:DOY5Ve8u0


カウンターに席が六つと、四人掛けのテーブルが二つ。

ゆっくりとねんねこを見渡した。

『あいなる。ニニノミヤ、歓迎するぜ』

ゴボウ。

俺の名前はお前が決めてくれたんだったな。

『それはこの木の周回だ』

ツガ。

本当に、何から何まで世話になった。

俺がここで過ごした一年は、きちんと周回に刻まれているだろうか。

そして、

「ニニ」

「!」

その時入口の鈴が鳴って、聞きなれた声がした。

「月光タンポポ取ってきたわよん」

白い手には、四本の月光タンポポ。

185以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 00:36:12.29 ID:DOY5Ve8u0


「一番の寝坊助が今日は早起きだな、ヒヤムギ」

「ニニこそこんな朝早くにどうしたの? うふふ、おかしな恰好」

誰にも言わずに行くつもりだったんだけどな。

この二週間、いつも通り過ごすのに苦労したというのに。

別れを告げると、優しい皆はきっと引きとめてくれるだろう。

そうすればきっと、断腸の思いで選んだ決断が揺らいでしまう。

簡単に。

「ヒヤムギ」

「あらなあに?」

「俺、ちょっと遠くへ行かなきゃならないんだ」

「あらん、そうなの」

「それでざッ……!」

駄目だ泣くな。

後でどれだけでも泣く時間があるんだろう。

今は駄目だ。

二週間せき止め続けた郷愁が俺を襲った。

俺はやっぱり、この世界の住人になってしまっていたのだ。

「お、俺もう、行くな、ヒヤムギ。ツガとゴボウにも、よろしく言っといてなっ。……それじゃっ」

どうしようもなく俺の涙腺はゆるくて、急いで横を通り過ぎようとした。

186以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 00:45:33.46 ID:DOY5Ve8u0

「ニニ」

そっと差し出されたのは、銀色の花。

茎には光が一つだけ、ぽっちりと溜まっていた。

「ニニの分もあるよん」

「!」

ヒヤムギ。

月光タンポポを取ってきてくれたのはお前だったな。

「ありがとう、……綺麗だな」

「にゅふふ、綺麗じゃ腹は膨らまないぜ」

ヒヤムギは変わらない笑顔で言った。

玄関から差し込んでくる光とその笑顔があまりに眩しくて、俺は直視できなかった。

「じゃ、もう、行くな」

「うふふ、行ってらっしゃい」

気を付けてね。

そんな声を振りほどくように、小走りに『ねんねこ』を出た。

足を速く動かさないと、すぐにぴたりと立ち止まってしまいそうだった。

187以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 01:11:33.49 ID:DOY5Ve8u0

「間もなく発車でーすだ」

車掌の声と共に電車に乗り込む。

俺の他には、ぽつりぽつりと半透明の人が乗っているだけだ。

ふと上を見れば、広告が釣り下がっている。

『狐尾っぽのコンコン酒(卵あり)』

『聴けばあなたもハリネズミ!【ミャコ銀河楽団】』

換えられたのか、初めからそこにあったのか。

たまらなく懐かしい言葉たちが、胸の中へ染みわたっていくようだった。

「……」

もう戻れない所まで来ると、案外心地よい気分になれた。

どっ、と疲れと眠気が押し寄せてくる。

早起きして支度したもんな。しょうがない。

さっきまで感傷に浸っていた人間は、ふあ、と気の抜けた大あくびをした。

足を組んで、椅子に身体を預ける。

ああ、こんな時何て言うんだったっけ。

「……ねんねこ」

そしてゆっくり目を閉じた。

新宿に着いたら小さな花瓶を買って、そこに銀色のタンポポを活けよう。

あの嘘みたいに綺麗な日々を、少しでも長く見ていたい。

目に焼き付いた光景を思い出しては、未練がましくもそう思うのだ。

発車のアナウンスを聞きながら、俺は深い眠りに落ちていった。

――――§8『そしてまた、ハルワタリの季節』【完】

188以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 01:26:37.97 ID:LMxDOpG8o


夢はいつか覚めるもの、か

189以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 01:32:28.31 ID:OpaueNvGO


名前しか出てこなかった、不思議文学者のタップリさんが気になる
どんな人物だったんだろう

191以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 01:55:38.90 ID:LMxDOpG8o

面白かったよ
どこかの風の分岐点でまた会えるといいな

193以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/18(木) 03:54:07.36 ID:EbB1t8fgo

面白かった!

自分だったら、路地裏で猫を撫でる道から行ってみたい
キャラもみんな一癖あってかわいかったし、また読めたら嬉しいな

乙!

194以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/06/19(金) 02:52:12.71 ID:7GufV4MAO

やばい。俺なら完全に帰って来られないな。
いやそもそも辿り着けないのか…

大層乙でした。新たな物語に期待。

SS, 名作

Posted by wpmaster