終電を寝過ごしたら不思議な場所についた
43 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/20(水) 13:48:49.72 ID:F/BnAxDf0
『風の分岐点』。
ここに迷い込んだのが随分前の事のように思える。
毎日が驚きの連続で、この世界の「当り前」を覚えるのに随分とかかった。
不思議と居心地は良かった。
「間もなく発車でーすだ」
「ニニ、急ごう!」
黒猫に手を引かれながら、あの日乗った電車に再び乗った。
「みんな切符なくすなよ」
「おほほっ、天才はポッケに入れる」
車内は閑散としていて、ぽつぽつと猫や狐や、幽霊のような半透明の人物が乗っていた。
彼らとは顔を合わせてはいけない。
こちらが干渉しなければ、向こうから近づいてくることは決してない。
「さて、うさぎ海だから宿り木の次だな」
「みゃあ、ちょっと寝たらすぐだわさ」
44 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/20(水) 14:22:06.65 ID:Ih/GAjhyo
近付かれたらやっぱりホラーな展開が待ってるんだろうか
寝起きとか間違って目を合わせないように気を付けないと怖いな
45 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/20(水) 23:07:42.42 ID:F/BnAxDf0
「ふう、着いた」
うさぎ海。
子供の時に見たどこかの海岸よりずっとずっと綺麗だった。
ザラメみたいな砂浜が煌めきながらどこまでも続いている。
「ああ気持ちいい」
「ありゃ、早速飛び込んでる」
ヒヤムギは早くも堪能している様子。
巻貝を耳に当てながらぷっかりと腹を浮かべて、どっから持ってきたのかスイカまで食べている。
「おおい、本来の目的を忘れてるだろう」
「にゃははは、オイラたちは今日、海に入りに来たのだ! にゃーーーーんっ!」
ざばりと二匹目も飛び込んだ。
ツガはため息一つ。
「ニニ、ハープは俺たちでやろう」
49 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/22(金) 17:30:07.43 ID:56GPfZmV0
海にそっとハープを浸す。
「おおっ」
「やった! 弦だ!」
店でヒヤムギのかけた水が張った弦とは違い、今度は壊れない。
どころか、ハープはパチパチと蒼い火花を飛ばすようになった。
「成功だ。水を弦にして、塩で固定しているんだ」
「なあ、弾いたら何が起こるんだ?」
「分からない。でも、この古文書に載っている楽譜を弾いてみよう」
「ツガはハープが弾けるのか」
「何故かね、一度も見た事ない楽器でも弾き方が分かるんだよ」
「へえ、すごいな」
「昔からさ」
ツガは傍の岩に腰掛けると、慣れた手つきでハープを置いた。
「では始めるよ」
♪
50 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/22(金) 17:40:05.67 ID:56GPfZmV0
「うっ」
弾いているそばから変化は起こった。
波が集まって大きな手の形となり、弾いているツガも、傍にいた俺も引っつかんで海の中に入れた。
余りの事に逃げられなかった。
もみくちゃにされながら海に引きずり込まれた。
「ツガ! ハープは?!」
「分からない!浜辺に置き去りに……って、あれ?」
「声……」
「……目も見えるし、息も、出来る。服も濡れてない」
「水の抵抗も感じない。地上にいる時のままみたいだ」
「おい、ニニ」
「え?」
「見ろよ」
とふりと底の砂に降り立つ。
周りにはサンゴ礁、大きな光の玉を頭にぶらさげたアンコウみたいな魚や、ワカメの林、スカートの様なヒレを翻しながら踊る、妖精のような生き物。
「すごい……」
「招待されたのかな、海に」
51 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/22(金) 17:49:18.70 ID:56GPfZmV0
「深海に、こんな綺麗な景色が広がっているなんて……」
「見た事ない生き物ばかりだ。頬を撫でる冷たい水の風も、天上から射す光も」
キウリという人物は、あのハープを作って、ずっとこの景色を見ていたのだろうか。
妖精と戯れて、細やかに舞う砂は粉雪、海藻に寝て、朝になれば燦々と輝く太陽光に貫かれて。
身体中から海の匂いがした。
どこかで知らない生き物がすっと呼吸をするように鳴いた。
「格別だな」
「ああ、これがキウリの『海の見え方』か」
海が見える。
波打つ表面から深く潜って、音もないゆらぎの世界。
何生涯かかっても出会う事のない生き物たちが、静かにここで息をしていた。
次第に何をする気も起きなくなって、俺はゆっくりと目を閉じた。
ずっと上ではしゃぐ猫二匹を、少し思った。
――『海を見るには』【完】
53 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/22(金) 23:40:38.47 ID:Wh7VYWtEO
乙
てっきり弾き方を間違えて襲われたのかと思ったぜ
キュウリさんももう少し優しく招待してくれるように作ってくれても
55 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/23(土) 18:59:45.04 ID:pLySZrKr0
『アイシテミル』
その日は雨で、他の地方では海がひとつ増えたらしいほどの雨で、お客さんなど来るはずもなかった。
ツガも早々に「今日は調べ物があるから」と言って書斎へ引っ込んでいったし、ヒヤムギもこの雨の中どこかへ出かけていった。
「ニニーなんかして遊ぼうぜー」
という訳で残っているのは俺とゴボウだけ。
遊ぶのなら嫌と言うほど付き合ったはずだが。
「にんじんゲームもっかいやろうぜ」
「はいはい」
暇なので相手をしてやる。
にんじんゲームは非常にシンプルな遊びで、にんじんの書かれたカードをお互いが5枚ずつ持ち、後手がうさぎの書かれたカードも加えて6枚持つ。
うさぎの書かれたカードを引くたびにんじんを一枚捨てられて、先ににんじんのなくなった方が勝ちだ。
うさぎを引けなかった場合、相手からうさぎを渡してもらってゲーム再開する。
まぁババ抜きの亜種だと思ってもらえればいい。
「はいうさぎー」
「お前なんか細工してんの?」
「ニニが分かりやすいんじゃない?」
58 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/23(土) 22:45:23.47 ID:3SJCNAogo
ウサギ一枚にニンジン十枚が一セットなのか
弱いと本当に一方的になりそうだなこれ
59 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 00:52:53.85 ID:uo3a2UU40
バタン!
といきなり大きく扉が開き、雨のしずくと共にヒヤムギが帰ってきた。
「おかえんなさーい」
「おかえりヒヤムギ」
大きな腹は雨に濡れて少ししぼんで、何故だかぐったりとしているように見えた。
ただいまもない。
「ヒヤムギ?」
ゆっくりと、ヒヤムギはこちらを向いた。
顔に生気がなく、頬には雨でない滴が滝のように流れていた。
「アイシテミル……」
辛そうに漏らしたのは、ただの一言だけ。
60 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 09:53:32.36 ID:uo3a2UU40
「ヒヤムギ?」
「アイシテミル……」
泣きながらそう言う。
涙をぬぐう事もしない。
ゴボウも俺もカードを放り出して駆け寄った。
肩を強く揺さぶる。
「おい!ヒヤムギ!しっかりしろ、オイラが誰だか分かるか?!」
「アイシテミル……」
「ダメだ……これツガに見せないと」
ゴボウはへたりとその場に座り込んでしまった。
親友のそんな姿は初めて見たのだろう、ショックで口をぱくぱくと動かしていた。
61 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 11:40:09.39 ID:SI0nR2TOo
通り病っぽい感じかな?
猫と人の生活系ファンタジー……ますむらひろしの絵が浮かぶわあ
64 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 12:59:29.73 ID:uvYELoi00
ますむらひろしわかるわ
62 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 12:10:25.84 ID:uo3a2UU40
書斎から出てきたツガはヒヤムギを見た。
「どこに行ってたんだヒヤムギは」
「ごめん、分からん。帰ってきた時にはこうなってた」
「……ううっ、アイシテミル……」
「強力だな……『聞いて』はいないが『見た』か『食った』な。『触っても』『障っても』いない」
「な、なあツガ、これ何なんだ?」
「非常にかいつまんでいうと伝説か神話のどちらかを見たか食ったかしている。規模が小さいものでまだ良かった」
何故分かるんだ。
前に海を見た時の事を思い出す。
『一度も見た事がない楽器でも弾き方が分かるんだ』――
そう言ったお前は、楽器以外の事も分かるんじゃないのか?
あの客がお前にハープを寄越したのも、お前の力に関係があるんじゃないのか?
「とりあえず唄医者に診せに行こう。ゴボウコート取って」
「合点!」
63 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 12:33:39.54 ID:uo3a2UU40
どしゃ降りの中をヒヤムギを引きずりながら、何とか唄医者までたどり着いた。
この辺じゃ大変な評判らしく、前に診せに来ていた犬の爺さんが、頭がおかしくなった時によく行くと言っていた。
思い出してわずかに不安になる。
「やあノブナガ、ちょっと診てくれよ」
「おおツガじゃねえか、店閉めてんのに裏から入ってきやがって。悪戯猫二匹も……と、そこのニンゲンは初めてだあな」
「アイシテミル……」
「……ヒヤムギ、テメェ何やらかしたんだ?」
「アイシテミル……ゥう」
「ちっさい伝説か神話の類だな……また厄介なの持ってきやがって。ちょっと待ってろ、ああ後ヒヤムギにそれ以上触んなよ、移っても知らんぞ」
裏口から入ったそこは、美容院みたいにリクライニングチェアとオットマンが三組ほど並べてあるだけで、後は姿見とか、分からない構造をした実験器具などが置いてあるだけだった。
奥に引っ込んだノブナガはしばらくして戻ってきた。
65 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 13:53:32.45 ID:/hNZXRdlo
心霊現象みたいなもんか……これはちょっと怖いな
66 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/24(日) 23:58:27.30 ID:A6TH4jjB0
「さて、始めるか」
ノブナガと呼ばれた医師は白衣を着ていた。
元々いた世界のようなものでなく、どちらかというとローブに近い。
他には手に、一冊の本があるだけ。
胸のあたりまで伸びた長い白鬚をなめしながら、パラパラとページを繰った。
ヒヤムギを椅子の一つに寝かせるよう指示してから、静かに傍らに腰かけた。
「『雨の唄』第八節から」
一呼吸分、静かな時間があった。
「『風は雨に歌い 夜に笑い つらつらと一人歩く。 感情の波に立ち 風に溺れ 雨に吹かれ ただひたすら夜を歩く』」
「……ううーっ……ううううーーーっ!」
「『朝焼けを眼とし 夕闇に進み紛れ 炎天下に死に まだ木の洞を見ている』」
「あああっあっあっアイシテミル……ぎィいいーっあっおああアイシ、テミ、ル……ひ、ひぃいアイシテミル……」
「ヒヤムギっ ヒヤムギぃイイっ!!」
ゴボウがヒヤムギの手を取り懸命に叫んでいる。
その間にも詠唱は続く。
67 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 00:06:13.15 ID:QzuRDjVt0
「『男はその名を ニルギリと言った』」
「っああ?!……っは……っは……ここ、どこなのよう……」
「あ! ヒヤムギが元に戻ったぞ!!」
「ん、何でゴボウがいるの?確かどしゃ降りの中で……っがあっ」
「ヒヤムギ?!」
いつもの表情に戻ったのはほんの数秒間だけだった。
生気が抜け落ちるようになくなっていって、またあの悲しげな顔になった。
「……アイシテミル」
「一瞬気が付いたが駄目だな。思い出すたびにこれでは埒が明かない」
「ノブナガ、原因分かったか?」
「ああ、多分なあ。『アイシテミル』とくればあれしかあるまい」
彼は難しげに腕を組んで告げた。
「『手紙』」
68 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 00:23:40.18 ID:w07qC+oMo
変なもの食べたせいじゃなかったのか……
69 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 05:45:03.21 ID:B9MQLNnlo
ああ、窓に、窓に……!的な
伝説とか神話な手紙ってなんだろか
70 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 14:29:34.12 ID:BALuabuQO
「『手紙』?」
「『文字』『言葉の人』『不幸歩き』……呼び方は何でもいいが、今回はそうだろうなあ。この世に溜まってるよくない伝説の一つだ」
「治すやり方はあるのか?」
「ある。『手紙』に限って言えば前例がある。しかし構造が単純な割に難しいのじゃ」
ノブナガの話では、ヒヤムギが『見た』場所に行かなくてはならないらしい。
行って、もう一度『手紙』に会って、原因を『解決』をしなければいけない。
「『手紙』には多種類あってな、要するによくない言葉の渦に人を閉じ込めて苦しめる。自分たちの願いが叶わなかったからのう」
「願い?誰の?」
「たくさんの。お前さんのかもしれんの」
72 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 14:58:04.78 ID:BALuabuQO
「とにかく行ってみるしかなさそうだな。ノブナガ、世話になった」
「今度酒おごれよ。後ヒヤムギの体力にも感謝しちょけ」
「体力?」
「雨の八節くらいで覚醒出来るんはそいつくらいじゃ。普通は嵐とか天元とか使うんだぞ」
「……そっか。治ったら美味しい物でも食べさせてやらないとな」
「かっか、それがええ」
唄医者から出ても以前として雨は降り続いて、行く先は全く見えない中を、手探りで進んだ。
74 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 16:10:35.88 ID:HaPbF0PAO
「ツガぁ、これどこに向かって進んでんだよぉ?」
「……ミツバチ池の方だな……」
「何でそっち行くのさ?」
「何となく、そんな気がするのさ」
黙って進んでいくツガにただならぬものを感じる。
彼が言うのならきっと、この方向で合っているのだ。
例え雨で前が見えなかろうが、見当もつかない方向に進んでいようが、正しいのだ。
そんな気になってしまう。
危うい信頼。
「皆、止まって」
ふと、ツガが全員を手で制した。
「『手紙』だ」
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