終電を寝過ごしたら不思議な場所についた
75 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 18:35:11.56 ID:jMvU4CFt0
真っ黒い言葉の塊が、人の形をして立っていた。
型を保ちきれなかった言葉が、身体のあちこちから時々物凄い速さで打ち出されて、呪いを吐いて消えていった。
≪ぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼぼ≫
そいつは、或いはただそこに佇んでいただけなのかもしれない。
俺たちが気づかない間に居て、気づかない間に去って、それでおしまいに出来る程度の存在だったのかもしれない。
膨れ上がって果てしなくなる前までは。
『彼ら』に悪意はない。
ただ俺たちに干渉する手段が、悪しかないのだ。
「……言葉の渦だと? 恨むぜノブナガ」
「こ、これじゃまるでっ」
――――濁流だ。真っ黒い泥。
「ゴボウ、耳塞げ」
「! ああ!」
「ニニ、悪いちょっと耐えてくれるか?」
「ツガ!」
「俺は『手紙』を読んでくる」
「戻れ!」
「俺が倒れたら引きずり出してくれ」
重低音のコーラスが何十にも重なって、おかしくなりそうだった。
76 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/25(月) 18:58:21.95 ID:wuNg2eP6O
八尺さまだこれー!?
77 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/26(火) 03:05:23.87 ID:wGhMpwBEo
八尺さまはいかん……怖い……
しかしツガすごいな
79 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 00:30:28.31 ID:T4HkDvIq0
ツガが側に来た途端、そいつは動いた。
重たい言葉の塊をずるずる引きずりながら、ツガに近づいてきた。
≪あんな女のどこがいいのよ!!ふざけんじゃないわよ!!!≫
そして思いっきり浴びせた。
立ち尽くすツガの肩を掴んでガクガクと揺さぶる。
≪死≪お前が居≪君なんかいない方が良かった≫なけりゃ≫ね≫
死ねば愛さないいいのに≪お姉ちゃん何でぶ≪飾り≫つの≫殺意が沸く」
≪愛してる「って言ってたじ無理ゃな『は、嘘かよ』い!!アレは何だったの?!≫
「僕はキミが好殺す『クソが』きなんだ例え≪何でこんなに愛しているのに≫君が他の男と結『本当に好き』
婚していようが愛し合っていようが』≪愛ししてるのにてる≫馬鹿が他の男に「女に誰」
『邪魔』一片死んどけよ≪何で好きになってく≪過去は全部水に流してやるから俺の『そのくらい好き』ところに戻ってこい≫
れな「殺すぞ」いんだ≫ガキさえ産んでなけりゃ≪君が欲し『何で』好き」なのにい≫
「あ……ああっ、あ」
何て酷い暴力なのだろう、これは。
もう俺まで立っていられなくなって、どしゃ降りの地面に膝をつく。
まだ耳を塞いでは駄目なのか。
あの距離で聞いているツガの事すら考える余裕がなくなっていく。
隣りで、耳を塞いでいたはずのゴボウが倒れた。
≪こんなに愛してるのに!!≫
≪愛せ!≫
≪愛せ!!≫
『手紙』は、誰にも届かなかった思いを、叶わなかった願いを、一方通行の夢を、幾多の憎悪を、全て、
≪愛せェ!!!≫
叩き付けた。
80 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 00:37:23.45 ID:T4HkDvIq0
「愛してみる……」
だから許してくれ。
自然と口から出てきた言葉は、彼らの言葉に耐え切れなくなった自分自身の弱さだった。
愛していない。
でもアイシテミル。
そう言う事でしか、逃げることが出来なかった。
「アイシテミル……」
これで助かる。
呟いてまず感じたのはそんな自分勝手だ。
一方通行の、愛の暴力。
苦しいのなら受け止めるしかない。
相手の望むように。
アイシテミル。
愛してみる。
きっと、『手紙』に書いてあるこの言葉を発していた彼らは、愛した誰かにそうして欲しかったのだろう。
でも叶わなかった。
だから想いは澱みになって、『手紙』になった。
『手紙』はやり場を失った愛の、はけ口を探した。
81 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 00:41:37.90 ID:T4HkDvIq0
≪愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!≫
相手が自分を愛さない事を、決して許さない。
ゆるぎない狂気が、『手紙』の隅々にまで行き渡っていた。
≪愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!愛せ!!≫
「……」
その時、ずっと棒立ちだったツガが何かを呟いた。
≪愛せぇエ!!≫
「……」
もう一度言った。
ピタリと『手紙』の動きが止まった。
82 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 00:48:41.50 ID:T4HkDvIq0
「私には、あなたを愛することは出来ない」
「さようなら」
85 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 05:50:42.18 ID:OddelmRpo
ツガかっけぇえ!
84 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 03:42:17.25 ID:8XoOxy0fo
ぶったぎったなぁツガ
86 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 11:38:51.82 ID:T4HkDvIq0
≪ぼォオッ……ゴボボ、ガォォオオ……≫
「『手紙』が……崩れていく……」
あれ程までに咆哮していた『手紙』は、悲しげな声を響かせながら崩れていった。
どろどろと地面に落ちて、そのまま雨に溶けてなくなっていく。
雨の落ちる音が、ようやく耳に入ってくるようになった。
「あらん?」
「ん……」
ゴボウとヒヤムギも気が付いたようだ。
起き上がって不思議そうにあたりを見まわしている。
少し向こうで、ツガが倒れているのが見えた。
「ツガ!」
急いで駆け寄って彼を抱え上げる。
かなり消耗しており、脱力した身体を全て俺に投げ出してきた。
「ああニニ、久々に死ぬかと思ったよ」
「ツガ、無事でよかった」
「無事に見える?」
そう言うと彼は、疲れた顔で微笑んだ。
87 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 12:04:02.49 ID:T4HkDvIq0
「『手紙』はさ、誰かに読んで欲しくてずっとあそこで待ってたんだよ。そこにたまたま迷い込んだヒヤムギが来たんだ」
帰り道。
俺の背中でツガは呟いた。
「『叶わなかった愛の結晶』……タイトルはそんなとこかな、『手紙』には色々種類があるけど、今回のは小さくて良かった」
「アレで小さな方なのか?」
「読むのに丸三日かかるのとかもあるらしいよ。大抵心がやられちゃって読み切れないんだけど」
考えただけでも恐ろしい。
「なあニニ」
「ん?」
「あんなに誰かを愛せる事ってあるのかな」
「……」
「叶わなくて苦しくて辛いのに、『手紙』になるくらい歪んだ思いなのに、それでも愛することを、彼らは止められなかったんだ」
「幸せな事、なのかもしれない」
「羨ましい、とも」
「なあニニ」
「間違ってるのは何なんだろうなあ」
「間違ってたのは誰なんだろうなあ」
ツガは答えを求めなかった。
そこから先は、すうすうと静かな寝息が聞こえていた。
「アイシテミル……」
誰にでもなく呟く。
雨は明日も降るらしかった。
灰色を湛えた空から降り注ぐ雨が、何かを洗い流してくれるような気がした。
――『アイシテミル』【完】
88 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/28(木) 16:35:05.18 ID:c7RmBMAYO
幸せ……幸せか……?
幸せってなんだろうな……
89 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/29(金) 07:38:28.69 ID:IUsLSZkBo
そうだなあ……
こんなになっちゃうほど深い思いなんて、なかなか抱けないだろうからなあ
乙
90 :以下、名無しにかわりましてSS速報VIPがお送りします :2015/05/31(日) 00:04:02.49 ID:2jq3IIUg0
§4『星空の逆転と、つらら』
胸のポケットに何か入っているように思えて、手を入れたらそれが出てきた。
細やかな装飾を施された、金属製の小箱。
球のような形だった。
小箱、というよりは球形の容れ物と言うべきだろうか。
鍵はついていないようで、中からはかすかに虫の鳴くようなジーッという音がした。
振ってみても叩いてみても開かない。
装飾を正面から見ると、『∞』の文字の両端から二つの矢印が飛び出しているエンブレムが描かれている。
「一体……」
どこで作られ、どうして俺の胸ポケットに迷い込んだのだろう。
見ただけで相当な作品である事が分かる。
手には収まりがよく、握れば指の腹が装飾の溝をなぞった。
冷たい感触が心地よい。
いつぞやに見たハープを思い出す。
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