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忘れられない夏がある

2020年12月13日

25: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 22:45:23.16 ID:oVMLduBOo

二人して焼きとうもろこしにかじりつくと、
醤油の香ばしさともろこしの甘さが口の中に広がって、
「うまーー!!」と自然に声が出てしまった。

それがおかしくて俺もヒロコも笑いが止まらなかった。

ヒロコ「これがお祭りの味! すご!!」
ヒロコのリアクションは本当にオーバーで、
それが本当に可愛いと思ってしまった。

26: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:01:52.04 ID:oVMLduBOo

ヒロコは焼きとうもろこしも食べ終わらないうちに歩きだして、
「ねえねえあっちも!」と俺を急かした。
ついて行った先の出店には小さな子どもが群がっていた。

ヒロコ「ねえねえ、わたあめだよ!」
ヒロコは興奮した様子で、わたあめを作る機械を食い入るように見つめていた。
俺は「はいはい」と笑いながら、わたあめを二つ買った。

 

27: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:02:27.99 ID:oVMLduBOo

わたあめ屋のオヤジが気さくな人で、
「浴衣似合ってるじゃん」なんて調子良く言ってきて、
ヒロコは照れながらも「どうも」と嬉しそうだった。

ヒロコ「わ、なんか今あたしやばいかも」
両手にとうもろこしとわたあめを持って、にやつく。
俺「なんか、めっちゃはしゃいでる人みたいだww」

 

 

28: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:04:49.43 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「ま、はしゃいでるけどね」
ヒロコはうっとりと両手のもろこしとわたあめを見つめたあと、
俺の方を見て意味もなくにこりと笑った。

その笑顔が、俺の心臓を叩いた気がした。
ヒロコが楽しんでいることが嬉しくて、
でもこの気持ちは、きっとそれだけじゃないんだろうなと思った。

 

29: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2016/12/31(土) 23:06:53.08 ID:gS0O9RraO
夏祭り、いいなぁ…
すごく夏に戻りたくなってきた。

 

30: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:10:27.79 ID:oVMLduBOo

吉谷のために焼きそばを買って、広場に向かって二人で歩いていると、ヒロコが話し始めた。
ヒロコ「あたしね、お祭りって嫌いだったの」
俺「どうして?」

ヒロコは一口とうもろこしに噛み付いたあと、続ける。

ヒロコ「だって、みんなすごく楽しそうだから」
ヒロコ「そういうのって、なんて言うんだろう……すごく嫌いだった」

 

31: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:11:26.23 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「変だよね。……ごめん」
しばらく考えて、優しく答えた。
俺「ううん、なんか分かる気がする。謝ることないよ」

ヒロコ「そう言ってくれると思ったけど」
ヒロコの表情に笑顔が戻った。

ヒロコ「でもね、今日はすっごい楽しい。だからね、お祭り好きになったかも」
俺「おお! それなら良かった」

 

32: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:12:48.65 ID:oVMLduBOo

しばらくして広場にたどり着くと、
ヒロコは「焼きそば!」と声をあげ吉谷のもとへ走っていった。

広場には、先ほどより随分人が集まってきていた。
「夏祭りフェス」の始まりが迫っていたのだ。

このお祭りのステージでは、バンドや楽器だけではなく、
ダンスや漫才、歌など、舞台上で出来ることならばなんでもOKだった。
その物珍しさに、地元の人がそれなりに集まってきているようだった。

 

33: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:13:25.48 ID:oVMLduBOo

広場のベンチに腰掛け、三人で駄弁って物を食べていると、
「夏祭りフェス」が始まった。
「みなさん、今年も始まりました!」
意気揚々と司会のお兄さんが口火を切り、広場内に拍手が巻き起こった。

ステージ上で歌を歌う女子高生や、ダンスを踊る大学生、
おじさんだらけのバンドなど、色んな人が思い思いのパフォーマンスをする。

 

34: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:23:37.21 ID:oVMLduBOo

しばらくすると、勉強を終えてバスでこちらに来たクラスメイトたちが、
続々と広場内に姿を現した。
武智と元気が寄ってきて、「かなり盛り上がってるじゃねえか!」と話しかけてきた。

委員長と渚も近づいてきて、ヒロコの浴衣の乱れを直していた。
それだけではない、クラスの半数以上の人が見に来てくれているようだった。

ステージ上の人が目まぐるしく入れ替わっていき、どんどん俺たちの出番が迫ってくる。

 

35: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:24:23.22 ID:oVMLduBOo

武智「あとどれくらいでお前たちの出番?」
吉谷がプログラムらしき紙を見て、「次の次……だな」と言った。
それを聞いて、緊張がピークに達した。

胸の鼓動は破裂しそうなほどに音を立て、手が小刻みに震える。
それは俺だけではないようで、ステージを見つめる吉谷の表情も強張っていた。
でも、ヒロコだけは違った。

 

36: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2016/12/31(土) 23:26:25.46 ID:7K2vpj9to
追いついたけどなかなか読ませるね
遠い遠い夏の世界を垣間見てる気分

37: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:28:11.38 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「ね、いい感じ?」
立ち上がって、両手を広げて浴衣を見せてきた。
近くにいた渚が「可愛いよ」と言った。

ヒロコは満足そうに「ありがとう」とお礼を言うと、
「二人とも、なに緊張してんの」とはつらつとした態度で笑みを浮かべた。

ヒロコ「あたし、今すごく嬉しい」

 

38: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:46:06.14 ID:oVMLduBOo

ヒロコ「だって、こんな素敵なステージでライブができるんだもん」
ヒロコ「ずっとずっと思ってた夢だから、嬉しい」
ヒロコ「だからさ、今日は三人で、夢を叶えよう」

ヒロコはそう言うと、少しもったいぶるように笑顔を見せた。

吉谷「よーーっしゃあああ!!」
突然吉谷が大声を出した。

 

39: 1 ◆od.mCbJyhw 2016/12/31(土) 23:50:10.61 ID:oVMLduBOo

委員長「うわ、どうしたの」
武智「気合が入ったかwwww」
吉谷がここまで感情を表に出すのは珍しいので、周りにいた人も驚いた。

吉谷「そうだよな! 思いっきりやって、夢を叶えよう!」
どうやら、吉谷は吹っ切れたようだ。

俺も真似して、「うおおおおお!!」と叫んだ。
するとヒロコも、「わああああああ!」と続けて叫んだ。

 

40: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:07:47.04 ID:GsaCylkfo

元気「気合入ったねぇww」
武智「なんだか青春って感じだな」

大声で叫んだら気持ちのモヤモヤが吹っ飛んで、少し落ち着いた。

その直後、運営テントから「THE SUMMER HEARTSの皆さん来てください~」と集合がかかった。
クラスメイトたちが、「頑張ってね!」「盛り上げるからなー」と手を振って見送ってくれた。

 

41: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:12:44.16 ID:GsaCylkfo

スタッフ「それでは、今ステージに上がっている人たちが終わったら、皆さんの出番ですので」
ドクン、ドクン、と鼓動の音が何度も響いた。
来る。もうすぐ出番が来る。

吉谷「大丈夫。土台は俺が固める。二人は好きにやれ」
吉谷は笑顔混じりで言った。
俺とヒロコは黙って頷いた。

 

42: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:13:53.71 ID:GsaCylkfo

前の人たちの出番が終わり、司会の男性が、俺たちの名を呼んだ。
「それでは次は…バンドですね!『THE SUMMER HEARTS』の皆さんです!」

ステージに上がる直前、ヒロコが俺の肩を叩いた。
ヒロコ「一緒に歌おうね」
ヒロコ「終わらない歌」

 

43: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:15:53.37 ID:GsaCylkfo

ステージに上がると、ヒロコと吉谷は楽器のセッティングを始めた。
俺も、二本用意されたマイクの確認を行う。

ステージ上から広場を見下ろすと、思っていた以上に多くの観客がいることに気付いた。
何人もの人の目が、自分たちに向けられていることが不思議だった。

目の前には、クラスメイトが何人も陣取っていた。
何やら歓声を送ってくれていた気がするが、それも定かではない。

 

44: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2017/01/01(日) 00:16:19.46 ID:o5nUPK2qO
どきどき

 

45: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:33:27.53 ID:GsaCylkfo

楽器やマイクの調整が終わり、三人で顔を見合わせた。
「1、2、1、2、3!」
吉谷の合図とともに、演奏が始まった。

ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
「終わらない歌を歌おう! クソッタレの世界のため!」
出だしがガツンと噛み合って、俺は思い切り声を絞り出した。

 

46: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:35:56.22 ID:GsaCylkfo

「世の中に冷たくされて 一人ボッチで泣いた夜」
「「もうだめだと思うことは 今まで何度でもあった!」」

声が重なった気がして、瞬間的にヒロコの方を見た。
すると、ヒロコもマイクに向かって声を出していた!

「「ホントの瞬間はいつも 死ぬ程怖いものだから」」
「「逃げだしたくなったことは 今まで何度でもあった!」」
俺とヒロコの声が二重になって、広場に響き渡った。

 

47: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:37:00.09 ID:GsaCylkfo

「「終わらない歌を歌おう 僕や君や彼等のため」」
「「終わらない歌を歌おう 明日には笑えるように」」

俺たち三人の演奏はあっという間に終わった。
目立った失敗はなく、大成功だった。
でもそれは、演奏というよりは「終わらない歌」という歌に合わせて、
それぞれの「想い」とか「迷い」とかをぶつけたような気がした。

 

48: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:40:46.51 ID:GsaCylkfo

ヒロコと二人で歌った瞬間、俺はそんなことを思った。
ヒロコがあの一節を一緒に歌ったのも、きっとそういうことなんだ。

ステージから降りると、クラスメイトが集まってきて、
「良い演奏だったなぁー!」と俺たちを囃し立てた。

演奏に全てを出し切った俺たちは、それに対応する気力も残っていなかった。
ただただ、「ありがとう」と返すしかなかった。

 

49: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:41:37.12 ID:GsaCylkfo

ステージでのライブを終えたヒロコは、いたって落ち着いた様子だった。
もっともっとはしゃいで喜びまわるかと思ったが、そうでもないようだった。

俺「ヒロコ、楽しかった?」
吉谷「演奏、完璧だったよ。本当にすげえ」
俺と吉谷が、ヒロコを労うように言葉をかけた。

ヒロコ「あたし、二人のこと大好き」
俺「え?」
あまりに予想外の返答に、どう反応したらいいか分からなかった。

 

50: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:46:23.15 ID:GsaCylkfo

ヒロコ「大好きな人たちと一緒にバンド組めて、そんでこんないい場所でライブできて」
ヒロコ「こんなにいっぺんに夢がかなって……」
ヒロコ「あたし、どうしたらいいか分かんない」

ヒロコはそう言い終えると、ぼろぼろと涙をこぼし、
「うえええん」と声をあげて泣き始めてしまった。

 

51: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:50:34.82 ID:GsaCylkfo

ヒロコ「ごめんね、こんなこと初めてだから」
ヒロコ「夢って、かなうんだって思って。それが信じられなくて、嬉しくて」
ヒロコ「ありがとう……」

ヒロコは鼻をすすり、涙目で俺たちを見た。

吉谷「まあ、そんな大した協力もできなかったけどさ…とりあえず、楽しかったよな?」
吉谷はそう言うと、俺を見た。

52: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2017/01/01(日) 00:51:13.57 ID:o5nUPK2qO
ヒロコ、、

 

53: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:52:55.90 ID:GsaCylkfo

俺「うん、ヒロコとバンドができて楽しかった」
俺「俺たちは、ただ楽しいと思ってやってただけだから」
俺「それでヒロコの夢を叶えられたなら、本当に良かった」

すると突然武智が近づいてきた。
武智「サマーハーツ最高だったわー!!」
俺の話を遮って、三人の輪に入り込んできた。

吉谷「お前、邪魔すんなよwwwwww」
武智「何が!?」

 

54: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 00:58:45.14 ID:GsaCylkfo

ヒロコはそんな様子を眺めて、泣きながら笑っていた。
満面の笑顔だった。

夜も深まり、熱を増す夏祭りの喧騒の中で、
ヒロコは笑っていた。

本当に文句のない笑顔で、俺はきっと、その笑顔が好きだった。

 

55: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:30:36.24 ID:GsaCylkfo

合宿7日目。東京に帰る日が来た。
この日もご多分にもれず、カンカン照りの暑い日だった。

ずっとここにいるような気がしていたけど、
やっぱり一週間なんて本当にあっという間だった。

バスが出発する少し前に、ヒロコが宿に訪れた。
宿舎の裏口から委員長が必死に俺を呼ぶので、
何事かと思ったらヒロコが来ていたのだ。

先生の目もあるし、と凄く急かされた。

 

56: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:35:16.48 ID:GsaCylkfo

別れ際に会うと辛くなってしまうので、できれば会いたくなかったけど、
やっぱりそうもいかなかった。
ヒロコは、俺を見つけると柔らかな笑顔になった。
その笑顔を見ると、心がきゅっと締め付けられる気がした。

ヒロコ「東京、帰っちゃうんだね」
俺「そうだね。今日までだから……」

ヒロコ「これからも、ブルーハーツは聴くの?」
俺「うん、きっとね。好きだしさ」

 

 

57: 以下、VIPにかわりましてパー速民がお送りします 2017/01/01(日) 01:36:15.43 ID:o5nUPK2qO
なんだろう、胸がムズムズする

 

58: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:37:36.53 ID:GsaCylkfo

どうしてなのか、これまでのように会話が盛り上がらない。
どことなく、やるせなさを感じた。

俺「ヒロコは、これからどうするの?」
ヒロコ「これから? あたしの?」
俺「うん」
ヒロコ「実はあたし、中学卒業したらママの実家の方に転校するの」

宿舎の裏側は日陰になっていたものの、頭上には青々とした空が見えた。
遠くに、わずかだが雲が見えた。

 

59: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:38:22.42 ID:GsaCylkfo

俺「そっか。ここからも離れちゃうんだね」
ヒロコ「そうなの。1は? 1はどうするの?」

そう訊かれて、ちょっと考えた。
何か取り繕うと思ったけど、今の自分をありのままに伝えることにした。

俺「俺はきっと、東京の大学に行くと思う。何になりたいかとか、全然分からないけど」
ヒロコ「そっかあ、やっぱり東京にいるんだよね」

 

60: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:43:13.61 ID:GsaCylkfo

ヒロコ「それなら、あたしも東京の大学に行く」
ヒロコ「あたし馬鹿だけど、頑張って勉強して、東京の大学に行く」
俺「本当に?」
驚いてそう尋ねると、「これでも国語だけはなんとかなるんだから」と苦笑いした。

ヒロコ「もしそうなったらさ、その時1は大学4年であたしは大学1年だよね」
俺「ああ、全部上手く行けば……そうなるなぁ」
ヒロコは「だよねだよね!」と嬉しそうに体を揺らした。

 

61: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:46:33.63 ID:GsaCylkfo

ヒロコ「ねえ、そこでまた『THE SUMMER HEARTS』作って、一緒にバンドしない?」
一瞬冗談のようにも聞こえる話だったが、ヒロコの表情は真剣そのものだ。

ヒロコ「あたしは、1の歌が好きなんだよ」
俺「またそれは、随分壮大な話だね……」
ヒロコ「あたしは絶対勉強して追いつくから!」

そう言って、ヒロコは俺にピックを差し出した。
俺「これ、なに?」

 

62: 1 ◆od.mCbJyhw 2017/01/01(日) 01:48:01.25 ID:GsaCylkfo

ヒロコ「あたしが使ってたピック。あげたんじゃないよ、ただ貸してあげるだけ」
俺「え? 貸すって?」
そう尋ねると、ヒロコは「ふふ」と笑みをこぼした。

ヒロコ「あたしが東京の大学に行った時、返してもらうから。それまで持ってて」
ヒロコ「絶対なくしちゃダメだからね」
「そういうことかよ~」と笑ってしまった。

名作, 感動

Posted by wpmaster