忘れられない夏がある
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
吉谷とヒロコの渇いた楽器の音が鳴り響く。
不思議と、さっきよりも大きく聴こえるような気がした。
「終わらない歌を歌おう! クソッタレの世界のため!」
歌い出すと、不思議とみんな笑顔になった。
歌っている俺自身も、なんだか楽しくて仕方がない!
途中から、さもヒロトかのように部屋中を動き回って歌う俺に、
ノリノリで演奏を続ける吉谷とヒロコ。
武智と元気も楽しそうに体を揺らし、合いの手を入れる。
ただの寂れた和室に過ぎなかった場所が、
たちまちライブ会場になったような気がした。
とにかく楽しくて、俺は我を忘れて歌い続けた。
最後まで演りきって曲が終わると、
みんなで「イエーーーー!!」と盛り上がってしまった。
そして意味もなく、またハイタッチ。
歌い終わった後も、なんだか胸のドキドキを抑えきれなかった。
なんなんだ、この気分は。
そしてヒロコが、「すっごく楽しい!!!」と叫んだ。
その笑顔は、まるで晴れ渡る夏空のようだった。
淀みがなく、真っ直ぐで、純真な笑顔。
この子、こんな顔で笑えたのか、と意表を突かれた。
そんな風に盛り上がっていたのも束の間、
窓から外の様子を見ていた元気が、「あ、そろそろやばいかもよ」と言った。
武智「え、もうそんな時間か?」
俺「大声で歌いすぎたかな?」
吉谷「まずいね、帰ったほうがいいかも」
場の空気が一気に張り詰めた。
もちろん、合宿所に部外者の立入りは禁止だし、それが地元の女子中学生だなんてバレた暁には、
俺たち全員どうなるか分かったものじゃない。
武智「様子見てくるわ!!」
そう言って、勢い良く武智が階段を降りていった。
元気「俺はこっから見てるよ。こっちに向かってきてる人はいないけど、すぐ来そうだわ」
ヒロコは眉をひそめて、「え、どうしたらいいの?」と困っているようだった。
俺「とりあえずギターをしまって、帰る準備! 靴も持ってね」
武智「おーい! 今ならまだ行けるぞ! 早く早く!」
一階から、武智の呼ぶ声がした。
元気も「今、今!」と俺たちを促した。
ヒロコと俺と吉谷の三人は、大急ぎで階段を降りた。
裏口の方で、武智が「こっちこっち」と手招きしていた。
裏口から勢い良く飛び出すと、吉谷と武智は食堂の方に向かおうとした。
吉谷「俺らが食堂の方に行って、こっちに人が来ないようにしとくから」
それを聞いてヒロコが、「あの、今日は本当にありがとうございました」とお礼を言った。
吉谷と武智は、振り向きながら手を振ってそれに応えた。
ドキドキしてくる胸が
俺とヒロコは猛スピードで走って宿舎から出て、近くの道路まで来た。
俺「ここまで来れば、さすがに大丈夫だろ」
ヒロコ「そうだね……」
俺たちは肩で息をしながら会話を続けた。
ヒロコ「1の友達に、ちゃんとお礼言いたかったな」
俺「気にしないでよ、俺から伝えとくからさ」
ヒロコは真剣な顔で「よろしく」と言った。
ヒロコ「今日は、本当に楽しかった」
ヒロコ「人と弾いたの初めてで、なんだかライブしたみたい」
俺「そうだねw 俺もついつい乗りすぎちゃったw」
ヒロコ「誰かと一緒に弾くって、こんなに楽しいことだったんだ」
ヒロコは「ひひひ」と笑って、「ありがとね」と呟いた。
その笑顔はやっぱり、あのあどけないものだったけど、
どうしてか、俺の心にじーんと染み込んだ気がした。
俺「いいって、気にしないでよ」
照れ隠しで、ついつい素っ気なく返事をしてしまう。
俺「それより、こっから家遠いの? 大丈夫?」
ヒロコ「ううん、そんなにだよ。だからここで大丈夫」
ヒロコは「じゃあね」と俺に手を振った。
俺も黙って振り返す。
ヒロコは最後に、「あの神社で、また弾いてるからね」と言い残していった。
その言葉とともに、暗がりの街灯の中、あの茶髪の後ろ姿が遠くなっていくのを目に焼き付けた。
ヒロコのことを心配に思いつつも宿舎に戻ると、
外にはすでに夕飯終わりのクラスメイトが何人もいた。
危なかったな、と肝を冷やした。
食堂前に吉谷と武智がいて、「大丈夫だったか」と聞かれたので、
「なんも問題なかったよ」と答えて、
一人で食堂で軽くご飯を食べて、部屋に戻ることにした。
部屋に戻ると、武智と元気は漫画を読み、吉谷はベースをいじっていた。
吉谷「で、あの子は一体なんだったんだ」
俺「ああ、それを話そうと思ってさ」
俺は腰を降ろし、3人を集めた。
武智「でも、かなり楽しかったよな」
元気「それはいいけど、俺が一番意味不明なんだよw」
俺は笑って、3人にもう一度ヒロコとのこれまでの出来事を話した。
吉谷「お前、すげえもん拾ってきたなwww」
話し終えると、珍しく吉谷が大笑いして言うもんだから、意外だった。
俺「別に、拾ったわけじゃないけどな」
吉谷「ギター、あんまり上手くはなかったけど、一生懸命な気持ちはすごかったな」
吉谷「好きで仕方ないんだって気持ちが伝わってきたよ」
吉谷は笑顔混じりで話し続ける。
ヒロコの熱い想いみたいなものが、伝わったんだろうか。
武智「まあでも、中学生の女子じゃ学校でバンドは組めんよな~」
吉谷「そうだよな、それなら一緒に弾いてあげれて良かったと思うわ」
いきなりあんな女の子を連れてきたら、みんなもっと混乱するかと思ったけど、
ヒロコのことを認めてもらえて良かった、と思った。
俺のやったことが間違いじゃなかったし、コイツらをまたちょっと好きになった。
元気「でもさ、1はこれからどうすんだ?」
元気の質問の意味が、俺にはよく分からなかった。
俺「どうするって何がだ?」
元気「だってさ、聞いた話だとヒロコちゃんはその神社でまた待ってるんだろ?」
元気「お前、また行くの?」
そう言われて、すぐに言葉が出なかった。
あれ? 俺はどうしたいんだろう?
武智「そんなもん、別にまた行きゃいいじゃん」
武智「東京帰るまで時間もないし、暇な時に行ってちょっと話せばいいだろ」
武智の言葉に、吉谷が反論した。
吉谷「そうかな? どうせすぐに俺らはいなくなっちゃうんだぜ」
吉谷「あんまり仲良くなりすぎたら、向こうも1も辛いだろ」
武智は、「そんなことないと思うけどねぇ」と納得していない様子だった。
元気「それもあるけどさ」
元気「また、そのヤンキー連中に絡まれたりしない?」
元気「だって今日も危なかったんだろ?」
武智「それはヒロコちゃんの友達なんだろ?」
武智「事情を話したらどうってことないだろうよ」
吉谷がそれに笑って応戦する。
吉谷「それはないだろ。友達なら逃げたりしないと思うぜ?w」
吉谷「もしかしたら、複雑な事情を抱えてるかもしれん」
元気「俺もそんな感じはするね。あ、ヒロコちゃんは別に悪い子だとは思わないけどさ」
3人の討論を聞きながら、俺は考え込んだ。
これ以上ヒロコのことに顔を突っ込んだら、まずいだろうか?
でも、今日演奏した時に見せたヒロコのあの夏空のような笑顔。
あの笑顔を俺は忘れられずにいた。
吉谷「まあ、俺らがこんなに言っても仕方ないし」
吉谷「どうしたいかは、1が決めればいいんだけどな」
そう言って3人は、俺の方を見た。
俺がしたいように。
俺「俺、また行くわ。じゃないとなんかモヤモヤするっていうか」
俺「自分でも分かんないけど、そうしたい」
3人は笑って、「だと思ったww」と口を揃えて言った。
そして、「何かあったらすぐ報告してくれよな」と言ってくれた。
何か分からないけど、嬉しくて胸がじーんと熱くなった。
この3人が友達で良かったと、心の底から思った。
翌日の3日目は、一日中課題確認テストだった。
ヒロコのことが気にかかるも、一日中勉強小屋から抜け出すことができなかった。
でも、昼間は雨模様の天気だったし、神社には明日行けばいいな、と思った。
テストの休憩時間、渚に少し話しかけられた。
渚「1君、もう知ってるかもしれないけど、今夜肝試しするの」
渚「参加するよね?」
俺「あ、行く行く!!」
即答だった。
昨日の武智の予告通り、今日は肝試しが行われるらしい。
ヒロコのことが気にかかっていたけど、
やっぱり俺は渚のことが好きだったと思う。
話したらドキドキするし、やっぱり目で追ってしまう。
だから、渚から肝試しに誘われたのは、本当に嬉しかった。
俺は舞い上がったし、チャンスがあれば渚と組んで肝試しに行きたいと思った。
夜、最後の勉強時間が終わって就寝までの自由時間、
ぞろぞろと宿舎の裏側に人が集合していた。
クラスの半分くらいだろうか?
昼間の雨のせいもあってか、空気はじっとりと湿っていた。
熱帯夜とは呼べない、涼しげな夜だった。
肝試しをするには、うってつけだと思った。
担任は、テスト監督として訪れたOBと部屋で酒盛りをしているとのことで、
監視の目はかなり緩んでいた。
(というより、この肝試しは半公認だったのかもしれない)
やっぱり、肝試しをするとなると浮つくし、
集合している人はみんなソワソワして落ち着かない様子だったw
中心グループの女子が、「もう班は分けてあるからー」と声をあげた。
そして、手際よく班ごとに人を捌いていく。
肝試しキターー!
俺の班は、俺と武智と委員長だった。
委員長は、眼鏡をかけた女の子で、
真面目だけれどノリはよく、周りからは好かれていた。
元気は女子ばかりの班に男子一人になり、
吉谷は渚と一緒になったようだった。
班分けに若干恣意的なものを感じた俺は、少し拗ねていた。
俺「なあ、渚が吉谷と一緒になってるんだけど」
武智「たまたまじゃねえの?」
そう、俺の好きな人である渚は、
「吉谷のことが好きだ」という噂があり、それは結構有名だったのだ。
そして、クラスの女子がいらぬ気を利かせてこの班分けにしたんじゃないかと、
俺は邪推してむくれていた。
この噂は、ある程度俺にダメージを与えていて、
渚の好きな人が吉谷、と知ってから吉谷と思い切り仲良くできなかった。
もちろん吉谷が悪いわけではないし、
吉谷も、俺の好きな人が渚であることは知っていた。
だから、誰も憎むことはできないし、仕方のないことだった。
人の気持ちなんてどうしようもないし、難しいものだ。
だからこそ俺は渚に対して大きく踏み出せずにいた。
そんな事をぼやいているうちに肝試しは始まった。
先行隊がどんどん出発し、俺たちの班の番となった。
宿の敷地から伸びる農道を進んだ先に廃商店があり、
そこに「アイテム」があるので、拾ってくればいいというものだった。
農道は舗装されているもののガタガタで、雑草が生え放題だった。
その粗野な感じが、また不気味さを一段と強くする。
道の左側は山の斜面で、右側は林になっており、その先には川があった。
俺たちが自転車を落としてしまったり、遊び場にしている川だが、
夜になるとやっぱり雰囲気が変わり、薄気味悪い。
後続の方から、女子の「きゃー!!」という悲鳴が聞こえてくる。
武智「やってるやってるww」
武智はとても楽しそうに、ニヤつきながら進んでいった。
街灯の灯りはほぼなく、各々持たされた小さな懐中電灯だけが頼りだった。
灯りが少ないというのも、恐怖心を煽る原因だった。
委員長「ちょっと、速いよ……もうちょっとゆっくり行こ」
俺と武智の後ろを歩く委員長が、恐怖に顔を歪め、話してきた。
武智「なんだ委員長怖いのかww」
委員長「そりゃ怖いよ。なんか武智信用できないし」
それを聞いて俺は吹き出してしまった。
武智「なに言ってんだw 何か出たら俺がタックルして吹っ飛ばすよw」
委員長「タックルが通用する相手ならいいけど」
武智「幽霊か! そんなもんいねえよww」
委員長「え? さっきから武智の後ろにずっとなんかいるよ?」
武智「えええ! マジ!?」
この二人、面白すぎる。
二人のやり取りを聞いていると、恐怖心も和らいできたw
委員長「ちょっと、1だけが頼りなんだからね」
それでも委員長は怖いのか、俺の後ろを恐る恐る歩いていた。
武智「そんなにこええならさ、歌でも歌おうぜ」
委員長「やめようよ、変なの寄ってきちゃうよ」
武智「そんなわけあるかwww」
そして、武智は委員長の制止を振り切って思い切り歌い始めた。
武智「夢で逢えたらいいな~! 君の笑顔にときめいて~!」
俺「なんで銀杏ボーイズなんだよwwww」
武智の思わぬ選曲に俺と委員長は大笑いしてしまった。
結局やけにハイになってしまって、嫌がっていた委員長もろとも、
三人で銀杏BOYZの「夢で逢えたら」を熱唱しながら進んだw
肝試しのテンションは、本当に恐ろしい。
しばらく進んでいると、ミッションを終えてUターンしてくる班ともすれ違い、
目的地である廃商店が見えてきた。
ハイになっていた俺は「アイテム取ってくるぜ!」と言って、
一人で駆け出してその廃屋の近くに寄っていった。
建物の表側にそれらしきものが見当たらなかったので、
裏へ回ってみると思いもよらぬものが目に入った。
お前はくりぃむしちゅーのオールナイトでも聞いてんのかw
懐中電灯の微かな灯りの先に、吉谷と渚が抱き合ってキスをしていた。
俺「あ……」
俺は、思わず声を出してしまった。
すぐ引き返せばいいものを、固まってしまって動けない。
吉谷「1? 1か?」
吉谷に気づかれて、俺は一目散にその場から離れた。
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