忘れられない夏がある
そう言い残すと、委員長と元気は部屋から出ていこうとした。
武智が「じゃあな~」と見送ろうとすると、
「アンタも行くの!」と委員長に引っ張って行かれたw
武智は、「俺も混ざりたかったぁ~」などと喚きながら拉致されていった。
3人になった俺たちは、すぐに練習を再開した。
本番は明日。
「とにかくミスってもいいから、思い切りやろうぜ」
それが合言葉だった。
翌日、合宿6日目。夏祭りの当日である。
この日も太陽は絶好調で、容赦のない暑さでいっぱいだった。
俺たち「THE SUMMER HEARTS」が今夜の夏祭りでステージに上がることは、
ひっそりとクラス内に広まりつつあった。
顔を合わせると色んな人に「頑張ってな!」と声をかけられた。
きっと、委員長のおかげだ。
夕方、勉強時間にかぶる時刻に、ヒロコを宿に呼んだ。
敷地の入口でヒロコを迎え入れると、ヒロコの髪が黒に染まっていた。
俺「髪、黒くしたんだ」
ヒロコ「うん、ステージに立つし。…どうかな?」
ヒロコは落ち着かない様子で、照れているようだった。
それがまた可愛らしくて、俺は「よく似合ってるよ」と言った。
ヒロコは「ひひっ」とはにかんで、「ありがと」と呟いた。
こっそりとヒロコを部屋へと案内し、吉谷と3人で直前の確認を行なっていた。
すると、見計らったかのように委員長と渚が部屋へとやって来た。
なんだかばつが悪く、俺は渚を直視することができなかった。
俺「何か用? 先生にバレた?」
委員長「いや、違うよ。今から少し練習するんでしょ?」
委員長「先生の方は、私の方でごまかしてるから」
俺「それはありがとう、助かるよ」
委員長は、ヒロコをまじまじと眺めた。
委員長「それはいいんだけど、今日ライブだよね?」
委員長「あんたらの恰好はそれでも制服でもなんでもいいけど……」
委員長「ヒロコちゃんはそのまま?」
委員長はヒロコを指差した。
ヒロコの服装はTシャツにショートパンツという味気ないもので、
確かにライブでステージに上がるには向いていないように見えた。
委員長「夏祭りなんだし、浴衣でも着ればいいのに」
委員長「浴衣とか、ないの?」
そう質問すると、ヒロコは首を横に振った。
委員長「そっかぁ、でも私は浴衣持ってきてないからなぁ」
すると、委員長の後ろから渚が声を出した。
渚「それなら、私の浴衣着てみる? きっと着られると思う」
確かに渚とヒロコの背丈は似たようなものだった。
その提案に、俺も委員長も「いいね!」と賛同した。
吉谷だけが若干苦い顔をしていたが、渋々賛成してくれたw
(多分、自分の彼女の浴衣姿が見たかったんだろう…)
委員長「それならもう時間もないし、すぐ着せてあげるから、うちらの部屋おいで」
渚「うん、早く着替えちゃお」
言われるまま、ヒロコは二人に背中を押されて部屋へと連れて行かれてしまったw
ヒロコは戸惑いながらも嬉しそうで、委員長にライブのことを話して良かったなと思った。
三人が去ってから、吉谷にそれとなく聞いてみた。
俺「浴衣、よかったの?」
吉谷「アイツが貸すって言うなら、それでいいよ」
吉谷「それに、やっぱりライブに衣装は必要だろ」
吉谷はほんの少しだけ笑みを浮かべて、ベースの練習を再開した。
それを聞いて安心し、俺も歌詞の確認を始めた。
しばらくすると、部屋から三人が戻ってきた。
ヒロコは、鮮やかな青色の浴衣を身にまとい、髪を後ろで結っていた。
はっきり言って、とても綺麗だ。
渚「サイズがちょうどで良かった」
委員長「ね、よく似合うでしょ。下駄とかは、向こうで履き替えればいいから」
委員長は嬉しそうに下駄の入った袋をヒロコに手渡した。
ヒロコははにかみながら、恐る恐るこちらを見た。
俺「いいじゃん、ほんとによく似合ってるよ。髪の毛もいいね」
吉谷も「いいね」と笑顔で頷いている。
ヒロコはぱあっと明るい笑顔になり、「ありがとう」と遠慮がちに言った。
ヒロコは嬉しさを抑えきれないようで、「夢みたい!」と呟いて浴衣を愛おしそうに眺めた。
その笑顔はまるでプリズムのように瞬き、キラキラと光を放った。
これで、衣装はバッチリだ。
俺「ってか、委員長たちも戻らなくて大丈夫?」
委員長「そうだ、そろそろ戻らないとさすがに……」
委員長がそう言ったのと同時に、吉谷が「やべえ!」と声をあげた。
吉谷「出演者の集合時間って6時だよな? あと30分くらいしかねえぞ」
俺「え、マジで!?」
ふもとの町までは、自転車で飛ばしてギリギリで30分くらいだ。
今すぐ行かないと、間に合わない。
やばいやばい、と焦りながら急いで外へと飛び出す。
本当ならバスで行くつもりだったので、何の準備もしていなかった。
委員長「じゃあ私たちは戻るから、またあとでね!」
俺「ああ、みんなによろしくね」
委員長と渚を見送り、俺たちは自転車置き場を目指した。
俺「バスの時間、ちゃんと考えとくんだった」
吉谷「まあ、色々あったししょうがねえ」
自転車にまたがり、ギターを背負ったヒロコを後ろの荷台に促した。
ヒロコは荷台を指差して「ここ?」と首を傾げた。
俺「あ、浴衣で二人乗りはさすがに危ないかな」
吉谷「いまさら何言ってんだww」
吉谷に、大げさに笑われた。
荷台によろよろと腰掛けたヒロコは、やっぱり少しおぼつかなかった。
吉谷「そんなに怖かったら、ヒロコちゃん1にしっかりつかまってな」
吉谷がそうアドバイスすると、ヒロコは俺の腰あたりに思い切りつかまった。
俺「マジかwwwwww」
びっくりして、変な声が出てしまった。
さすがに照れくさくてしょうがないので、すぐに「急ぐよ!」と言ってペダルを踏んだ。
すっかり日が暮れて、橙に溶け込んだ町の中を思い切り走った。
二台の自転車の影が、ぼんやりと長く伸びる。
どこからともなく、寂しげにヒグラシの鳴く声が聞こえた。
しばらく走ると、あのひらけた県道にぶつかり、下り坂になった。
吉谷「一気にいくぞ」
吉谷は、立ち乗りになり思い切り速度を上げた。
ヒロコに、「飛ばすよ!」と一言声をかけ、俺もそれに続いた。
広い県道の下り坂を、一気に駆け下りていく。
途中、何台かの車にもすれ違ったが、そんなのお構いなしに、
俺たちは全力で走り続けた。
しばらくすると山道の雰囲気は薄れ、遠くにふもとの町が見え始めた。
遥か彼方には、橙黄色に光を放つ太陽も見えた。
そのせいもあってか、町のすべてが夕暮れに呑み込まれていた。
信号機、街路樹、すれ違う車、目に映る全てがオレンジで、
町中まるごと影が伸びていくような気がした。
俺「もうすぐ、着きそうだな」
走りっぱなしで、全身から汗が吹き出していた。
吉谷「まだ時間的には大丈夫だ、急ごう!」
吉谷も息を切らして自転車をこいでいた。
吉谷「お祭りって、確かお寺の近くだよね」
ヒロコ「うん。駅に近いから、看板の駅方面に向かえばいいと思う」
↑読んでてあぁ~ってなったわ
光景が目に浮かんだよ、すごい
それを聞いて「よっしゃ!」ともう一度思い切りペダルを踏んだ。
ひたすら道を下っていると、次第に町並みが変わっていき、
市街地のような場所に出てきた。
言われていた駅の前を過ぎ、ヒロコに促されるままお寺方面を目指した。
寺に近づいてくると人々の往来も増え、浴衣を着ている人や、
子どもの姿も目立ってきた。
お祭りの、浮かれた雰囲気が広がっていた。
交通整備の人が誘導灯を振って、人や車を捌いている。
吉谷「よし、着いた!」
俺「間に合った間に合った!」
俺たちは息も切れ切れに、自転車置き場に自転車をぶち込んだ。
ヒロコが駆け出し「早く早く!」と急かしている。
すっかりバテバテの足を引っ張って、それに付いて行く。
俺「受付って、どこでできるのさ」
ヒロコ「多分、奥に運営のテントがあるから、そこ」
寺の敷地内に入ると、そこら中に屋台が立っていた。
焼きとうもろこしやたこ焼きだの、醤油を焼いたような香ばしい匂いともに、
「いかがっすかー」という威勢のいい声が四方から響いている。
人の数も多く、走って進んでいくには、少し厳しかった。
それでもヒロコは、人混みをかき分けどんどん進んでいった。
はぐれたらヤバイと思い、俺も吉谷もヒロコを必死に追いかけた。
進んでいくと広場に行き着き、寺の本堂のようなものが目の前に見えた。
横には、派手に電飾の飾りが施されたお手製ステージのようなものがあり、
見上げると、「夏祭りフェスステージ」と看板が掲げられていた。
ヒロコはそれに構うこともなく、本堂の脇にあったテントへと、
一直線に向かっていった。
思った以上にしっかりとしたステージに少々驚いてると、
「二人ともこっちだよ!」と、ヒロコに呼ばれた。
運営テントの中では、ハッピを着たスタッフが慌ただしく動き回っている。
何人かのスタッフと会話をし、受付の手続きを済ませる。
「ぎりぎりでしたね」と笑われてしまった。
スタッフ「グループ名が無しになっていますが、このままでいいですか?」
それを聞いてヒロコが俺と吉谷の方を見たので、「あれでしょ」と助言した。
ヒロコ「バンド名は、『THE SUMMER HEARTS』でお願いします」
スタッフは「いい名前ですね」と笑って書面を訂正していた。
その後、どういう編成でどんな曲をやるかの説明を行った。
俺「あ、そうだ。マイクを2本用意してもらってもいいですか」
出し抜けに言ったので、吉谷が不思議そうに俺の方を見た。
吉谷「なんで2本?」
吉谷の質問に答えず、俺は「ヒロコ、いい?」と、ヒロコの顔を見つめた。
俺「マイク用意するから、歌いたくなったら歌いな」
俺「ハモリとかコーラスとか、そんなんじゃない。歌いたいとこで歌えばいい」
俺「言ってたろ? ブルーハーツを聴いてると元気になるって」
吉谷は「なるほどね」と納得した様子で頷いていた。
俺「だから、ヒロコも思い切り歌うんだよ。ステージの上で」
俺「それって、楽しそうだろ?」
ヒロコ「ほんとうに? あたし歌ってもいいの?」
ヒロコの顔に、笑顔が訪れた。
俺「もちろんだよ。俺と一緒に歌おう」
俺「ギター弾きながらだと難しいと思うけど、歌いたいとこだけでいい」
そう言うと、「あたし、頑張るね!」と両手を元気に振り回した。
その表情は嬉々として、まるで夏休み前の小学生みたいだった。
そんな無邪気な顔が、青色の鮮やかな浴衣にぴったりだった。
期待とワクワクと、ほんの少しの緊張。
そんなものが入り混じっていたんだと思う。
スタッフ「リハーサルはないので、直前に簡単に調整を行います」
スタッフ「7時にはステージが始まりますので、出番は多分7時半過ぎくらいかと思います」
その後、俺たちは運営テントを後にし、広場の隅のベンチに腰掛けた。
広場を囲うように、周辺には無数の出店があり、
頭上にはいくつもの提灯が揺れていた。
日はすっかり落ち、それらの賑やかな灯りでお寺の中は彩られていた。
暗い世界に、楽しげな灯りがいくつも揺れている。
どこからともなく、子どものはしゃぐ声が聞こえた。
まさしく、夏祭りが始まったんだな、と実感した。
ヒロコは出店を見てくると言って、一人で入口通りの方に行ってしまった。
ベンチには、俺と吉谷の二人だけが座っていた。
吉谷「なあ、一ついいか」
俺「なんだ?」
吉谷「渚のこと、黙ってて悪かったな」
「ああ……」と中途半端なニュアンスで返事をしてしまう。
吉谷「隠してるとか、そんなつもりじゃなかった」
吉谷「でも、俺も好きで……どうしようもなくなって」
吉谷「もっと早く、勇気を持って言えばよかった。ごめん」
通り過ぎる人の笑い声とか、出店で焼きそばを焼く景気の良い音とか、
なんだか色んな音が聞こえた気がした。
俺「別に、俺も怒ってるとかじゃない。吉谷がそう言ってくれてよかった」
俺「これで、きっぱり諦めがつくし。俺も次へ踏み出すだけだよ」
吉谷「…そうか」
しばらく会話が途切れて黙っていると、ヒロコがはしゃいだ様子で戻ってきた。
傍目から見ても、浮かれているのがすぐに分かる。
嬉しくて仕方ないのか、その表情は屈託のない笑顔だ。
ヒロコ「ねえねえ!すごいよ! なんか色々あった!」
落ち着かない様子で、通りの方を指差す。
俺「まあ、お祭りだからねぇ」
ヒロコ「すごいねすごいね!」
ヒロコの楽しさが伝わってきて、こっちまで笑顔になってしまう。
俺「何か買ってくればよかったのにww」
ヒロコは唇を噛み、首を横に振った。
ヒロコ「お金ないし、我慢だよ」
吉谷が、小声で(行って来い)と俺の背中を叩いた。
「ええ?」と戸惑っていると、(いいから)と釘をさされた。
俺「ヒロコ、おごってやるから一緒に行こうぜ」
ヒロコ「え、いいの?」
ヒロコはそう言うと、吉谷の方を見た。
吉谷「俺はここにいるから。二人で見てきな」
ヒロコと二人で、寺の入口通りを歩いた。
道の両側を埋め尽くすように出店が立ち並び、
慌ただしく人々が往来していた。
俺「そうだ、下駄履かなくていいの?」
ヒロコ「あ、そうだったね」
ヒロコはその場で袋から下駄を取り出し、履き替えた。
その際、背負っていた重そうなギターは俺が引き受けた。
「下駄なんて初めて履く!」と興奮しながら、
ヒロコは俺の数歩先を元気よく歩いて行く。
その度にカランカラン、と小気味良い音が響き、
一歩、また一歩と夏の終わりに近づいていくような気がした。
「へいお兄ちゃん、見てってね!」
焼きとうもろこし屋のおっちゃんに、声をかけられた。
醤油を焼いた、食欲をそそる香りが伝わってきた。
食べたい。正直腹が減った。
ヒロコも並べてあるとうもろこしを見て、「うまそ……」と声を漏らした。
その様子に笑って、「買う?ww」と聞くとヒロコは何度も頷いた。
でもすぐに、「我慢する。悪いし……」なんて言うもんだから、
「食べたいなら我慢すんな」と、ヒロコの分も一緒に買ってあげた。
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