忘れられない夏がある
ヒロコ「ねえ、なんで一緒に出てくれないの?」
その口調はキツイものだった。何か怒っているのか?
男A「お前さぁ、そんなもん無理に決まってんだろ」
ヒロコ「じゃあもういいから! 練習の邪魔だからどっか行けよ!」
男A「はあ? お前口のきき方気をつけろって言っただろ」
どう聞いても穏やかじゃない。
何かでケンカしているのだろうか?
男B「それよりヒロコ、お前1万持ってきたのかよ」
ヒロコ「はあ? またそれ? ギター代はもう払っただろ」
男B「ははは、言ってなかったけぇ? 2回払いだって言ったじゃん」
男は、何やら気味の悪い笑い声をあげた。
というか、ヒロコは金を取られている?
カツアゲってやつか? それとも嵌められてるのか?
そんなことを頭の中でグルグルと考えていると、
「おい、てめえ誰だよ?」
見つかってしまった。
一人は短髪に剃り込み、もう一人は赤っぽい髪に尖った目つき、
ぱっと見で二人ともゴリゴリのヤンキーだと分かった。
これは、まずいぞ。殺されるかもしらん。
体が縮み上がって、心臓から全身に冷水が染み出していくような感覚に襲われた。
正直何も言えず、微動だにできなかった。
ヒロコ「ちょっと! この人は関係ないじゃん!」
ギターを背負ったヒロコが、俺の前に駆け寄ってきた。
男A「あ? お前の知り合いかよ」
ヒロコ「関係ないでしょ!」
男B「おい、てめえなんで見てたんだよ? 殺すぞおい」
俺「あ、その……」
恐怖と混乱で、まったく口がまわらない。
ヒロコ「1! 行こ!!」
ヒロコはそう言うと、俺の手を思い切り引っ張って、全速力で駆け出した。
遠くから、「ヒロコてめえバックレても無駄だからなぁ!」
という怒声が聞こえた。
二人で夢中で走って、境内の裏側の出口から外へ出た。
肩で息をしながら、「こっちにも出口があるのか」と囁くと、
ヒロコは少しだけ笑みを見せて「知らなかったのかよ」と言った。
俺「自転車、鳥居の方にとめてあるんだよ」
ヒロコ「じゃあ、そっちまで行こうよ」
そう言って、二人で息を整えながら鳥居側の入口を目指した。
俺「ヒロコは、歩きなの?」
ヒロコ「うん。中学は歩きでも行けるし、自転車ないから」
俺「そっか。でも、歩きでギターを背負ってるのは大変じゃない?」
ヒロコ「別に平気だよ」
そんなやり取りをして、すっかり薄暗くなった道を二人で歩いた。
俺「ねえ、あの人たちは誰なの?」
聞いたらまずいかもと思ったが、聞かずにはいられなかった。
ヒロコ「先輩だよ。友達、なのかな」
俺「本当に友達なの?」
さっきの剣幕は、どう見ても友達のそれには思えなかったが。
ヒロコ「そうだよ……」
そう言ったものの、ヒロコの表情は険しい。
ヒロコ「って言うか、今日も来てくれたんだね」
俺「まあ、ちょっと暇だったしね」
素っ気なくそう言うと、ヒロコは「ひひひ」と笑った。
その笑顔はやっぱりあどけなさが残っていて、
すぐに壊れそうな、頼りなさや儚さを感じてしまった。
でも、俺が来たことを喜んでくれるなら、それでいいと思えた。
俺「いつも、あそこでギターの練習をしてるの?」
ヒロコ「なんで?」
俺「だって、さっき練習とか言ってたから」
ヒロコ「まあ、あそこで弾いてることは多いよ」
話しているうちにT字路にぶつかって、「ここは左」とヒロコに促された。
「本当に?」と聞くと「馬鹿でも道くらい分かる!」と怒られたw
俺「でも、学校でバンドとか組んでるんでしょ?」
ヒロコ「そんなことやってないよ」
そう言うとヒロコは俯いてしまった。
ヒロコ「誰も、あたしとなんかバンドやってくれないよ」
ヒロコ「ギターは、一人でしか弾いたことない」
俺「そっか……なんかごめん」
申し訳ないことを聞いてしまったな、と思った。
無神経な質問だったかもしれない。
ヒロコは「ううん、いいよ」と言って顔を上げた。
ヒロコ「でも、あたしはバンドを組んでステージに立ちたかった」
ヒロコ「ステージに、立ちたかったなぁ……」
そう言ったヒロコの横顔は、宵闇の中でもはっきりと浮かび上がって見えた。
その瞬間、どうにかしてあげたい、という想いが湧き上がった。
ヒロコ「鳥居も見えてきたし、あたしはこの辺で」
そのまま踵を返し、来た道を戻ろうとする。
頼むから最後までちゃんと書いてなww
俺「帰るの?」
そう尋ねると、ヒロコは黙ってかぶりを振った。
さっきのヤンキーのところに戻るのだろうか?
だめだ。そんなんじゃだめだ。
そう思うと次の瞬間、こんなことを言っていた。
「今から、俺の合宿所に来なよ。『バンド』ができるかもしれない」
ヒロコ「どういうこと? あたし、行っても平気なの?」
俺「いや、まずいかもしれないけどw バレなきゃどうってことはないよ」
俺「俺の友達に、ベースを弾くやつがいるんだ。そいつと一緒に演奏したらきっと面白い」
俺「だから、来てみない?」
そう誘いかけると、ヒロコは「そうなの!?」と目を輝かせた。
ヒロコ「行きたい行きたい!」
ヒロコは両手を振ってはしゃぎ始めた。
俺は笑って、「よし、じゃあ行こうぜ」とヒロコを呼んだ。
ヒロコを連れて宿に戻ると外に人影はなく、
食堂で夕飯が始まっているようだった。
ヒロコ「こんな所で勉強してんだ~」
俺「そうだよ、ちょっと待っててくれる」
そう言って、ヒロコを宿舎の裏側で待たせて、俺は食堂に向かった。
離れにある古びた食堂に入ると、クラスメイトが全員集まって夕飯を食べていた。
案の定、担任に「遅いぞ!」と怒られた。
「すいませんちょっと色々あってw」と流し、すぐに吉谷を探した。
端っこに座っていた吉谷を見つけるやいなや、「すぐ部屋に戻れない?」とけしかけた。
吉谷「今? まだ食ってる途中なんだけど」
俺「頼む! すぐに来て欲しいんだよ」
俺が懇願すると、吉谷は「まあいいけどさ……」と渋々立ち上がった。
担任に、「ちょっと探し物があって、部屋戻ります!」と告げて食堂を後にした。
宿舎の裏側に、吉谷を急かしながら連れて行く。
そこには、ギターを背負ったまま佇んでいるヒロコがいた。
吉谷「え? 誰……?」
吉谷は目をぱちくりさせ、混乱している様子だった。
ヒロコは、「あ、こんにちは……」と小声で会釈をした。
ちゃんと挨拶をしたことに、少々驚いた。
俺「地元の中学生で、ヒロコ…ちゃん」
吉谷「それはどうも……で、なんで中学生がここに?」
吉谷の疑問はもっともだったし、俺は順序立てて説明することにした。
俺「近所の神社にいて、偶然会ったんだけど」
俺「話してみたら案外仲良くなってさ……」
ヒロコも俺に合わせて、コクコクと何度も頷いた。
吉谷「ふーん……」
吉谷の、疑念に満ちた視線はそのままだった。
俺「それで、彼女はギターを弾くんだけど」
吉谷「おお、背負ってるもんね」
吉谷の表情が少しだけ緩んだ。
俺「中でも特に、ブルーハーツが好きなんだよ!」
それを聞いて、吉谷は「え、マジ!」と声を出して驚いた。
吉谷「中学生の女の子で、そりゃまた珍しいな」
吉谷が食いついたところで、俺は続けた。
俺「だから、この子と一緒に『終わらない歌』演奏してくれないか?」
俺「頼む!」
そう言うと、吉谷は「うーーん」と唸って悩み始めた。
吉谷「バレたら、とんでもねえことになるぞ……」
吉谷はそう呟くと、首をひねった。
俺「この子、バンドも組んだことないし、誰かと一緒に弾いたこともないんだよ」
俺「だから、なんとか」
俺が必死にそう言うと、ヒロコも「お願いします」と頭を下げた。
さすがの吉谷も押し負けたのか、
「じゃあ、いいけどさ……」と承諾してくれた。
それを聞いてヒロコが「ありがとう!」と飛び跳ねた。
吉谷「とりあえず部屋に来なよ」
吉谷「ここだと誰かに見られちまう」
吉谷は俺たちを宿の裏口へと先導した。
歩きながら吉谷に、「詳しいことは後でちゃんと教えるから」と話した。
吉谷は「絶対だからな」と口をとがらせた。
吉谷「えーと、ヒロコちゃん? 靴は持って中に入ってな」
宿舎に入ると、吉谷は念入りに中を見回した。
吉谷「夕飯中で良かったな。まだ誰もいない」
吉谷は小声でそう言うと、俺とヒロコに「入れ」と手で促した。
三人で素早く2階の俺たちの部屋へと向かった。
吉谷「仕方ないとは言え、中学生の女子を部屋に入れるのは罪悪感がすげえよw」
吉谷はそう苦笑いしたが、俺も散らかっていた私物をすぐに片付けたw
吉谷が部屋の隅に立てかけてあったベースを構えて「よし」と言うと、
それを見てヒロコも急いでギターを構えた。
ヒロコはあからさまに緊張していて、動きがぎこちなかったw
俺が「そんなに緊張しなくてもw」と語りかけると、
「でも……」とあたふたしていたw
吉谷「ちょっと、軽く弾いてみてよ」
ヒロコ「わ、分かった」
ヒロコはカチコチになりながら、終わらない歌の出だしをさらった。
吉谷「おお、思ったより弾けるじゃん!」
そう言うと吉谷は、嬉しそうにカバンから何か取り出した。
吉谷「アンプとかはさすがにないけど、コイツで合わせよう」
取り出したのは、ミニスピーカーだった。
そして自らの音楽プレイヤーをつなげた。
吉谷「別にミスったっていいし、気楽にいこう」
吉谷は「よっしゃやろか」と言って、俺に音楽プレイヤーを差し出した。
ヒロコに「準備はいい?」と聞くと頷いたので、再生ボタンを押す。
スピーカーから「終わらない歌」が流れて、二人の表情が変わった。
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
ジャジャ! ジャジャ! ジャージャージャーン!
あの聴き親しんだイントロが流れて、すぐに「終わらない歌を歌おう!」と曲が走り始める。
あたふたしながら弾くヒロコに、
吉谷はさも楽しそうに笑顔で「自信持って弾けばいいんだよ!」と呼びかけた。
2回目のサビが来る頃にはヒロコも固さが取れて、
楽しそうに笑顔混じりで演奏を始めた。
二人とも体を上下に揺らして、ノリノリである。
俺も楽しくなって、ついつい歌を口ずさんでしまう。
一通り演奏し終わると、吉谷は「上出来だよ!」と言って楽しそうに笑みをこぼした。
ヒロコ「やった! 全部やりきれたー!」
盛り上がって、三人で思わずハイタッチしてしまった。
俺「二人とも、すごいね!w」
興奮してそう言うと、二人は恥ずかしそうに笑った。
気づくと、部屋のドアの前に武智と元気が立っていた。
武智はニヤニヤしていたが、元気は何とも複雑な表情をしている。
見てくれている人ありがとう~
また今日の夜書きにきます、もう少し早い時間に来れるようにします
段々ヒロコちゃんが好きになってきたわ
明日も楽しみに待ってるからな!
待ってます!
続きを書いていきます
武智「セッションなんて、楽しそうなことしてんじゃん」
俺「え?! もう夕飯終わった?」
慌ててそう聞くと、「大丈夫大丈夫、まだみんな食ってっから」と武智が答えた。
武智「なんかお前らが怪しかったからさww様子を見に来たんだよ」
俺「なんだよ……それなら良かった」
武智は俺を引き寄せ、小声で(これが、昨日言ってた子か?)と尋ねた。
俺が黙って頷くと、「やっぱり」とおちょくるような笑顔を作った。
突然人数が増えたのでヒロコは驚いたのか、
俺のそばに寄ってきて武智と元気に軽い会釈をした。
元気だけが状況を理解しておらず、口を開けたままだった。
吉谷「ちゃんと先生はごまかして来たんだよな?」
武智「だーいじょぶだって。そこはマジで問題ないから」
武智「そんなことより、邪魔してごめんな」
武智「せっかくなんだし、もっと弾けよ」
吉谷は、「他に何か弾きたいのある?」とヒロコに質問した。
ヒロコはこの状況に物怖じすることもなく、
「それならもっかい終わらない歌を弾きたい」と言った。
吉谷は「好きだねw」と笑いつつも、「いいよ」と準備態勢に入った。
すると武智が何を思ったのか、
「同じじゃつまんねえし、1が歌ったらどうなんだよ」と言い出した。
すると吉谷も「いいじゃんそれwお前歌えよww」と乗り気になった。
さすがにみんなの前で歌うのは恥ずかしかった俺は、ヒロコの方を見た。
ヒロコ「すっごくいいと思う。歌ってよ!」
ヒロコも目をキラキラさせて、そう頼み込んできたのだった。
逃げ場がなくなった俺は、「それじゃ、一回だけね……」と泣く泣く了承した。
元気だけはやはり輪に入れず、呆然としたまま黙っていたw
もう半ばやけになっていた俺は「いくぞー!」と叫んで再生ボタンを押した。
ディスカッション
コメント一覧
まだ、コメントがありません