忘れられない夏がある
表側で武智と委員長が、「ここにあったよ~」と、
アクセサリーらしきものを手に取っていた。
俺「早く帰るぞ」
ぶしつけにそう言って、引き返そうとする。
武智「何かあったか?」
俺「いいから、早く来るんだよ!」
珍しく俺が声を荒げたので、武智も委員長も素直についてきた。
吉谷は隠してたのか?
帰り道で、俺はがっくりうなだれていた。
うそだろ? そうだったのか? そんなアホな。
そんな考えがとりとめもなくグルグルと頭を回っていた。
武智「おい、お前変だぞ。何かあっただろ?」
委員長「そうだよ、1何かあったの?」
武智にだけ聞こえるように、「吉谷と渚が……」と話した。
武智「えー!? うっそだろマジで!?」
武智は驚きを隠しきれないようだった。
揺るがない現実を突きつけられた俺は、
情けないことにポロポロと泣き出す始末だった。
委員長「泣くほど怖かったの?」
武智「馬鹿言えw」
委員長「じゃあ、どうしたの? 普通に心配なんだけど……」
そう言われて、武智が俺の顔を見た。
武智「別に、委員長なら大丈夫だろ。言わないのも逆に悪いし」
俺はそれに、黙って頷いた。
武智「吉谷と渚が、あの商店の裏でキスしてたらしいんだ」
委員長「あ、そうなんだ」
その反応は意外なものだった。
武智「あれ、驚かないね」
委員長「まあ、だって私は渚と吉谷君が付き合ってるの知ってたし」
委員長「むしろ、それで1が落ち込むのがびっくりなんだけど……」
武智は、また黙って俺の方を見た。
俺「俺、渚のこと好きだったからね。それでだよ……」
委員長「うっそー! そうなんだ知らなかった」
委員長「ってか二人とも吉谷君と渚が付き合ってること知らなかったの?」
そう質問されて、俺も武智も「知らなかったけど」と答えた。
委員長「えー! じゃあ吉谷君は1にも武智にも付き合ってること言ってなかったの?」
武智「聞いた覚えはねえよな?」
そう振られて、俺も大きく頷いた。
武智「少なくとも、男子で知ってる奴はいないんじゃねえの」
委員長「うわー、そうなんだ……」
暗がりで委員長の表情はよく見えなかったが、声色が呆れていることは分かった。
委員長「吉谷君は、1が渚のこと好きだってことは……」
俺「知ってるね。前に話したことあったし」
武智「そうだよな、前に言ってたもんな」
それを聞いて委員長は「やばいことになったねぇ」と苦笑いしていた。
武智「いやー別に付き合うのはしょうがないかもしれないけどさ」
武智「隠してたってのが、やっぱりショックだよな~」
本当にそうだった。
俺は渚の気持ちだって最初から知っていたし、
ハッキリ言ってくれれば諦めだってついたのに。
今まで吉谷と仲良くしていた時間、あの全てが偽りだったように思えた。
アイツは、俺や武智や元気と遊んでいる時、笑っている時、
一体何を思っていたんだろうか?
吉谷は、俺の渚への想いを知っていた上で、秘密にしていたのか?
武智「まあでも、アイツにも何か事情があったかもしれんし」
委員長「うん、吉谷君もきっと悪気はないと思う……」
それはそうだけど。そんな事言っても、気持ちに整理はつけられなかった。
なぜ隠していた。なぜ黙っていた。
そんな想いが黒く燃え上がって、俺の心が荒んでいくのが分かった。
肝試しが終わり、へとへとになって部屋に戻って、
元気や武智たちと何を話すでもなくゲームをして遊んでいた。
すると、そこに吉谷が何も言わずに帰ってきた。
俺たちには話しかけず、布団を敷いて先に寝るようだ。
もしかしたら俺は、吉谷を睨んでしまっていたかもしれない。
武智「なあ、吉谷」
武智が声をかけると、横になった吉谷はだるそうに、「なに」と答えた。
また明日書きに来ますね、ではでは!
何にせよ続きが気になる
また明日な!
修羅場突入かね?
あと武智と委員長のかけ合いめっちゃ好きw
続き気になるー
続きを書いていこうと思いますー
まったりでいいから続きよろしく
武智「お前、渚と付き合ってたのか」
吉谷「なんだ、もう武智にまでまわったのか」
吉谷は、こちらを向くこともなく、淡々と話した。
武智「俺たちに隠してたのかよ」
吉谷「別に隠してはいねえよ。元気には言ってあったしな」
元気は状況を飲み込めていないようで、「何かあった?」と混乱している。
武智「何も。ただ、吉谷が付き合ってるのが分かったんだよ」
武智「んで、俺と1には秘密にしてたのか?」
武智がグイグイと突っ込んでいくので、俺は心配になった。
俺「おい武智、もういいって……」
吉谷「ああ、隠してたさ。だって、何て言えばいいんだよ?」
吉谷「1、お前の気持ちだって俺は知ってんのに」
武智「そんなもん! 素直に言えばそれで済んだことだろ!」
吉谷「できるか!!」
吉谷が、大声をあげた。
あと一歩で、担任が部屋に来そうなくらい、大きな声だった。
吉谷「そんな簡単に、できるか!」
吉谷「俺だってどれだけ悩んだと思ってる」
吉谷がそう言い切って、部屋の中はしんとした。
俺も武智も元気も、誰も何も言えずにいた。
吉谷「隠してたつもりはない。いつかは言おうと思ってた」
吉谷「そこは……悪かったって思ってる」
それだけ言うと、吉谷は布団に潜り込んでしまった。
それはそうだ。
吉谷だって悪気があったわけじゃないだろうし、悩んだはずだ。
でも、俺だってそんな簡単には割り切れなかった。
次の日、4日目は何もかも手がつかなかった。
まったくと言っていいほど、集中できない。
何をする気も起きなかった。
武智も、元気も、吉谷も、みんな様子がおかしい。
仲の良かった俺たち4人の関係が、壊れかけていた。
いがみ合ったり、言い合ったりはしないが、
今までのような自然さや、気軽さがない。
それに、吉谷は目に見えて俺たちを避けているようだった。
しかも、俺は失恋をした。
元々諦めかけていた渚への想いだが、
それが完全に打ち砕かれた。
渚という俺の好きな人は、目の前から消えた。
むしろ、これで良かったのかもしれないが、
どうしようもない虚しさと、やりきれない悲しさだけが心に残った。
そんな、様々なしこりを残したまま、4日目は終わった。
翌日の5日目、この日はとても暑く朝からみんなへばっていた。
俺たちを灼き殺しそうなほどの太陽が、カンカンに照っていた。
例のごとく、午後の休憩時間に担任が「お菓子の買い出し頼む~!」と呼びかけた。
武智もその場にいなかったので、俺は一人で名乗り出て、買い出しに行くことにした。
正直、もうあの神社に向かうつもりもなかったのだが、
俺は気づけばふらっとあの神社に立ち寄っていた。
階段を登るのは大変なのに、俺はまたあの鳥居の前に自転車を止めて、
神社へと向かっていった。
白い日光が広場を一杯にして、その中で小学生が駆け回っていた。
その様子に少しだけ嬉しくなって、俺は境内を目指した。
拝殿には、やっぱりヒロコが座っていて、ギターを弾いていた。
あ、いるじゃないか。
それは安心なのか、ときめきなのか、自分でも分からなかった。
ヒロコ「あ、1だ! 来てくれたんだね」
俺「うん、なんか久しぶりだね」
ヒロコ「昨日も一昨日も来なかったから、もう来ないかと思ってた」
そう言うと、ヒロコは「ひひ」と笑った。
その表情は汗ばんでいて、少しだけ火照っていた。
俺「ごめんね。ちょっと大変だったんだ」
ヒロコ「もう、明後日には帰っちゃうんでしょ?」
俺「そうだね……」
そう呟くと、ツクツクボウシの声がどこからともなく聴こえた。
俺「またブルーハーツ弾いているの?」
そう聞くとヒロコはニコッと笑った。
ヒロコ「うん、終わらない歌。この前弾いた時、すごく楽しくて」
ヒロコ「だから、完璧にしたいなって」
この前弾いた時。あの時は、楽しかったな。
そんなことを思ってしまった。
俺「こんな日は、『青空』なんかもいいよね」
ヒロコ「いいね! でも、青空はまだ練習中だから~」
俺「そっかw」
ヒロコと話していると、自然と笑顔になっている自分がいることに気づいた。
どうしてだろうか?
ふと、ギターを弾くヒロコの二の腕あたりに、あざがあるのを見つけた。
俺「ちょっと……そのあざは何?」
しばらくヒロコは黙っていた。
俺「何かあったの?」
ヒロコ「ちょっと、殴られた。この前のあいつらに」
俺「え? マジで?」
ヒロコは黙って頷いた。
俺「それ、大丈夫なの?」
ヒロコ「これは別に大丈夫だけど、さすがにちょっと面倒くさいかな」
そう話すヒロコは笑顔をなくし、無表情だった。
俺「なんであんな奴らと一緒にいるんだよ?」
ヒロコ「本当はもう、一緒にいたくないよ。でも、ギターを貰ったし」
俺「ギターを?」
ヒロコ「あたしの家ね、ママが離婚してさ、すっごいお金ないの」
ヒロコ「だから、ギター欲しくても買えなくてさ」
ヒロコ「そしたらあいつらが、ギターを安く譲ってくれるって言うから」
淡々と、それでいて噛みしめるように語り続ける。
ヒロコは、あのMDウォークマンを取り出した。
ヒロコ「これで音楽聴いてるのも、パパが置いてったやつで」
ヒロコ「これしか、音楽聴くものないんだよ」
今までの出来事全てに、合点がいった。
なぜMDウォークマンを使っているかも、ヒロコが古臭い音楽を聴いているかも。
俺「そっか。ブルーハーツもミッシェルも……そのMDがあったからってことか」
ヒロコ「そうそう。偶然それがあって、聴いたら大好きになった」
ヒロコは、またうっすらと笑みを浮かべた。
ヒロコ「ママは忙しくて家にあんまりいないから、そんな時これを聴いたら、励まされた」
俺「でも、ギターを貰ったならもういいじゃん」
ヒロコは「ううん」とかぶりを振った。
ヒロコ「あいつら、ああ見えても楽器するからさ」
ヒロコ「一緒にいたら、演奏してくれるかなって思ってた」
俺はなるほどな、と思った。
ヒロコは学校でもバンドが組めなくて、ずっと一緒にできる人を探していた。
あのヤンキーたちも、そうだったということだ。
ヒロコ「でも、あたし気づいちゃったんだよね」
俺「なに?」
ヒロコ「あいつらは、あたしから金を取ることしか考えてないし、一緒に音楽もやってくれない」
ヒロコ「あたしはただ、バンドがしたかった。ギターがしたかっただけなのに」
ヒロコ「もう、こんなの嫌だ……」
ヒロコは、目に涙を浮かべていた。
壊れそうだったものが、ついに音を立てて崩れた、そんな気がした。
そんなに最低の連中だったのか。
ヒロコが人を寄せ付けない風貌をしているのも、煙草を吸って強がるのも、
全ては、自分の弱さを隠したかったからなのか?
許せないと思った。
俺「そんな奴ら、もう縁を切っちゃえよ」
ヒロコ「そんなことしたら、後で何されるか分かんないし……」
ヒロコ「あたし一人で抵抗するのは、怖い」
俺「そいつらは、今日の夜も来るのか?」
ヒロコ「来ると思うけど……」
俺「俺に考えがある。だから、今夜いつも通りここに来て」
俺一人じゃ無理だ。
あいつらの助けがいる……
俺は買い出しをテキトーに済ませ、一目散で勉強小屋に戻った。
すぐに席に座っていた武智、吉谷、元気を外に連れ出し事情を話す。
この前来たヒロコが、追い詰められていることを赤裸々に語った。
俺「だからさ、頼む。今夜、力を貸してくれないか?」
3人は、しばらく黙って見合っていた。
俺「こんなことにいきなり巻き込むのは本当に悪いけど……」
俺「お前らしかいないから」
すると、武智が口を開いた。
武智「タッパのある奴がいた方が相手もビビるだろうしな。俺は行くよ」
俺「マジか! ありがとう」
喜んだのも束の間、吉谷が口を開く。
吉谷「そんな得体の知れない連中に巻き込まれたくねえよ」
吉谷の目はいつになく真剣だった。
俺「吉谷、頼むよ。お前だってヒロコの事は一生懸命だって言ってたじゃねえか」
吉谷は首を横に振った。
吉谷「別にあの子は悪くないし、気持ちもわかる」
吉谷「でも、もしバレたらどうなる? ただ事じゃねえぞ、分かってんのか?」
吉谷「俺は勉強をしにここに来たワケで、ケンカをしに来たわけじゃない」
吉谷の言うことはもっともだった。
俺たちは勉強をしに来たんであって、そんな地元の中学生のいざこざに、
足を突っ込みに来たわけじゃない。
武智「お前、びびってんだろ? それにケンカになるって決まったわけじゃあるまいし」
吉谷「別になんでもいいよ。俺には関係のない話だ」
俺は諦められなかった。
自分でも勝手なことを言ってるのは分かっていたが、それでも。
俺「吉谷、お前ヒロコと一緒にギター弾いて何も思わなかったのか?」
俺「あの子はただギターが弾きたかっただけなんだよ」
俺「俺はその気持ちを、尊重してやりたいんだよ」
ここまで言っても吉谷は首を振って、「わり、分かんねえわ」としか言わなかった。
武智「1、もういいよほっとけ。俺らでどうにかしようぜ」
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