よわくてニューゲーム
- 28 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:38:50.88 ID:bAq3pyUe0
僕はシャツを捲り上げ、マスクの代用として使っていた。引いてみると、階段を登った時のような音がする。軋む音だ。
酷いその音の後に訪れたのは、家の外に現れた人の気配だ。
だが次第に遠くなっていく。あるいは勘違いだったのだろう。壁に設置されていた懐中電灯に気付き、ライトをつけた。どうやらまだ寿命はあるらしい。ありがたい限りだと思った。
崩れないかと慎重に足を伸ばす。どうにも大丈夫なようだ。登って行くと、そのまま十歩ほどの距離のあと、光が漏れている。
あそこだけは電気が通っているのか?そうだとしか思えない。
そして思い留まった。もしくは、人がいるのかもしれない、と。少しだけ開いている扉の隙間から、中を覗いた。
僕の見える範囲では、誰もいない。中にはテレビがあるようだ。
ゆっくりと扉を開けて、中に入ってみる。僕は驚く他になかった。
この部屋だけは、あまりにも外界から不干渉のようだったからだ。白い部屋。家具は何もない。部屋の出入り口は二つあるようだった。
テレビがついている。目の前にはゲームのコントローラー。
十字キーにボタンが一つだけ。テレビへと直接繋がっている。
そこには、白い背景にクレヨンのような黒文字で、こうあった。画面がちらつく直前に、一瞬だけ、確かに文字が読み取れた。
- 29 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:39:18.56 ID:bAq3pyUe0
・ニューゲーム
ニア ・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム あと 1 回です。- 30 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:39:45.37 ID:bAq3pyUe0
僕は目を疑った。都市伝説は確かに存在しているのだと。そして同時に考えた。つよくてニューゲームとは何か、と。
普通に考えれば前回の結果を残しスタートすることだろう。
そして表示されている「あと1回です」はどういう意味だ?子供のような字で書かれているあたりが不気味だった。僕が部屋に入った瞬間、後ろのドアは大きな音を立てて閉まった。
風だろうか。あり得ない。ここには風を通す窓すらないのだから。
ドアを開けようと半狂乱になりながらドアを押し、引いてもみた。開かない。
閉じ込められた?まだだ。ドアはもう一つあったはずだ。
だが、そちらも開かない。出入りするならこの二つのはず。
どうしようもなくなり部屋に色が芽生えていたのに気付いた。黒。
テレビの電源が落ちているのか?画面は黒く染まっていた。
ドアのサイズからどうやって運び込んだのかと思う大きさ。
唖然とする僕の視界に入ったのは、コントローラーだった。この部屋にある、唯一のボタンを押した。
- 31 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:40:22.93 ID:bAq3pyUe0
・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム あと 1 回です。
- 32 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:41:00.97 ID:bAq3pyUe0
ここでやっと僕の回想の冒頭に戻ってくるということになる。部屋に閉じ込められて既に十分は経過した実感があった。
まさかこのまま一生ここにいることになるというのか?
嫌だ。死にたくない。それだけを思ってドアを叩いた。「誰か。誰か居ませんか」返事はなかった。それも当然だと言えるだろう。
入ってくるのに苦労を要した。さらにこの豪邸だ。
密室から声がかろうじて漏れているのが関の山だ。そこで僕は考えた。どうやったら部屋から出られるのかと。
そしてこの画面。何か意味があるのではないかと思った。
ボタンだけなら、十字キーをつける必要はないだろう。
急に冷静になった僕は、コントローラーを手に取った。十字キーの上下で選択できるのは、この三つだけらしい。
けれどどうにも「よわくてニューゲーム」だけ押せない。他の二つは押すと「クリアデータです」と表示される。
その後には「おもいで」とだけ書かれた画面に変わる。
そして「みる」「みない」の選択肢が表示されるのだ。僕は「みる」を押す勇気がなく「みない」を選んだ。
すると最初の画面に戻ってくるという仕組みだった。
他には何もないのだろうか、これは。なんなんだ?ああ、そういえば、これは十字キーなんだった。
となれば、左キーや右キーだって使えるはずだ。何の根拠もないけれど、とりあえず左キーを押した。
- 33 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:41:41.83 ID:bAq3pyUe0
そこにはあり得ない程の量の人名と顔写真があった。どこまで言っても底など見えないぐらいにあった。
どの顔にも見覚えがない。いったい、誰なんだ?
恐ろしくてたまらなかった。全員が僕を見ていた。誰だ誰だ誰だ。誰なんだ。誰が僕を見てる?恐る恐る最初の人名を選択し、ボタンを押した。
すると「クリアデータです」の表示がなされた。ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム「ニューゲーム」を選択し「おもいで」を押した。
「みる」「みない」が表示され「みる」を押した。そこには「しゃしん」と「どうが」があった。
選べたのは恐らく僕の名前でなかったからだ。「しゃしん」を選ぶと、普通の写真が並んでいた。
家族らしき人物と写っている写真もそこにあった。
幸せそうな家族じゃないか、と僕は安堵していた。そのまま僕は軽率に下までスクロールしていた。
ああ。幸せ。幸せ。幸せ。幸せ。どこまでも幸せ。
誰もが笑顔で写っている。ああ。これも…これは。最下段。右下に「100/100」と表示された写真。
僕はすぐに判った。何度もテレビでみたじゃないか。
それを見た瞬間に、僕は理解より早く悲鳴をあげていた。そこに居た男は、首を吊って死んでいた。
- 34 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:42:24.56 ID:bAq3pyUe0
「あ」その声を絞り出すだけで、やっとだった。
ああ。ああ。なんで。なんで、死んでる?
これは、全てどっきりなんじゃないのか?感情に反してあまりに現実味に溢れた自殺風景。「99/100」と書かれた写真。自宅の風景だろうか。
だが、赤い。赤い液体が画面を埋め尽くしている。これ。
さっき、一緒に写真に写っていた人じゃないか?
何で倒れてるんだ。血。血を流して。どうして。
僕は最下段にある「おわる」ボタンを押していた。僕は怖いもの見たさという想いに支配されていた。
「どうが」を選択し「10/10」を選んで、押した。
画質は悪いが、ゆっくりと再生がはじまっていく。「たすけて」
- 35 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:42:59.51 ID:bAq3pyUe0
「なんで。なんで、こんなことに」女性の声が聞こえる。これは第三者視点で撮られている?
どっきりにしても悪趣味がすぎる。だが僕は目を離せない。「あなた。やめて。この子だけは」誰か。誰か。女性が叫び続ける声が聞こえる。
不鮮明な動画でよかったと思っている僕がいた。「あ」
続けて途切れ途切れの声で「なた」と続いていた。
女性の顔の筋肉は硬直し、目が大きく見開かれる。そして動画は写真の男性を映すようになった。
足元には小さな子供と母親の遺体が転がっていた。
男児に覆い被さるように亡くなっているのが分かる。男性は椅子を立て、天井の柱に縄を巻き付けていく。
やめろ。僕はその結末を知っていてそう呟いていた。
縄を首にかけ、椅子が倒れる瞬間、男の声が聞こえた。「人生をやり直すんだ」
- 36 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:43:27.21 ID:bAq3pyUe0
僕は見ていられなくなり、震えながら操作した。「おわる」を選択し、顔写真の画面から、右キー。
するとまた、当初表示されていた画面に戻ってきた。ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム恐ろしくて仕方がなかった。なんなんだ、これは?
ホラーゲームの類と信じなければおかしくなりそうだ。そういえば。
左キーで画面移動が行われたなら、右キーならば。
存在している可能性が高い。僕はまだ、何を見る?震えの収まらない右手を左手で動かしていた。
左キー。ゆっくりと画面が切り替わっていく。
そこには「おわる」の文字と、一行の…何だ。なんだ、これは?
- 37 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:43:54.04 ID:bAq3pyUe0
あと 146282298 秒です。 ニア ・おわる
- 38 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:44:27.02 ID:bAq3pyUe0
よく見ると、表示されている数字が減っている?今もゆっくりと減少を続ける制限時間らしきもの。
僕はそれに、また恐怖を覚えざるを得なかった。そして選択肢は一つ。ゲームをやっている人なら何となくわかるものだ。
恐らくこのゲームらしきものを終わらせるボタンだ。僕は固唾を飲みながら「おわる」ボタンを選択した。
すると、画面は少しだけ暗くなり、ちらつきはじめた。
最初の三つの選択肢の画面に戻り、暗くなっていく。
その後すぐに重い扉が開くような音がした。開いた?開いた。
開いている。入って正面奥のテレビの右側の扉が。
ああ。開いた。開いた。もう画面も消えている。僕は逃げ出したいという想いに駆られ、駆け出した。
扉を乱暴に開け放ち、後ろから大きな開閉音が追う。
そして出口らしき扉の前についた直前、耳に届いた。少しだけ、扉が開いたような音が。
- 39 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:45:09.02 ID:bAq3pyUe0
僕は恐怖から見つかる事も厭わず大声を出していた。喉が痛い。走って肺が痛い。足だって同じく痛い。
途中で転んですりむいたりもしていたが走った。
あそこには居たくない。わけがわからなかった。元きた道を辿りながら自転車を見つけて、僕は泣いた。僕は確かに勝手に人の家に入った。それは悪いことだ。
けれど、何であそこまで怖い目にあわなきゃいけない。見渡すと家の光と車のヘッドライトが見えた。
ああ。助かった。何かに危害を加えられたわけではない。
でもそう思った。誰かがいる。幸せなことじゃないか。「ただいま」
家に戻るとすぐに鍵を閉めた。何かを恐れていた。
そしてテレビも寝るまで点けっぱなしにしていた。「いただきます」
長く放置されていた夕飯を口に、幸せを噛み締めた。
ご飯を食べられる。ここはあの部屋じゃないんだ。その時、家の電話が鳴った。
- 40 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:46:46.63 ID:bAq3pyUe0
「ああ、もしもし。わたし。暇で電話しちゃった」彼女か。ああ。やっと友人と声を交わせた。
それが再び涙する一因となって頬を伝った。「もしもし。どうしたの?あなた、泣いてるの?」「うん。今、テレビを見てたんだが、感動してて」
へえ。そんなテレビ、やっていたかしら。
そんな事を聞かれて、慌てて答えていた。「僕はどうにも、感受性やらが強いようなんだ」
「難しい言葉を覚えたの。知的でいいじゃない」
くすくすと笑ってくれる彼女の声が希望だった。
一時でも長く声を交わし、不安を払拭したかった。「ねえ。少し長電話できないかな。声が聞きたい」
「あら。それ、口説いてるつもりなのかしら?」
- 41 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:47:20.43 ID:bAq3pyUe0
「それでもいい。今はちょっと、声が聞きたいんだ」「わたしもちょうど、あなたの声が聞きたかったの」そんなわけで僕と彼女は遅くまで電話を続けていた。
他愛もない話が、何もかも素晴らしい話に聞こえた。「ありがとう。今日は、なんか、ごめん。寝るよ」
「気にしないで。ああ、わたしも着替えなきゃ」
お風呂にでも入ってゆっくり眠るとしようかしら。
僕もそうするよ。それじゃあ、お休み。また明日。電話を切ってからは、テレビの光と音だけが頼りだ。
布団を敷き、僕は嫌でもあの部屋の事を思い出した。
あれは何なんだ?いたずらにしては度を超えている。なんだろう。
それに。どうしてあの部屋だけ電気が通っている?
あの豪邸の食堂は電気が点かなかった。壊れていた?
探検していたとき、どの部屋も電気は点かなかった。なら、あの部屋は、本当に都市伝説の部屋なのだ。
- 42 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:47:48.11 ID:bAq3pyUe0
そろそろ、今日も終わってしまうな。七夕か。織姫と彦星。その二人が出会うんだっけか。
まどろみながら僕はそんな事を考えていた。僕はあの部屋の事は忘れることにした。これが最善の選択だと思っていたからだ。
陽は昇る。そしてまた明日がやってくる。
このまま、変わらない日常を過ごすんだ。ゆっくりとまぶたは落ちていく。
記憶が走馬灯のように駆け巡っていた。
部屋。部屋。テレビ。自殺。そして。そして、なんだったかな。
部屋に入って、僕は左キーを押したんだ。
全員が僕を見てて、怖くなって、驚いて。
ああ。僕はどうして、驚いたんだったか。…そこに、僕の名前もあったからだっけ。
- 43 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:49:26.57 ID:bAq3pyUe0
『わたしたちは、付き合えない。大人じゃないもの』『わたしは、あなたのこと、好きよ。でも、ダメよ』『どうして。君の好きは、愛じゃないってことかな』『いいえ。愛よ。恋心。間違いない。それは確かよ』
『でも。きっと、好きって感情だけでは、続かない』
『なんとなく分かるでしょう?きっと、あなたなら』
『分かる。なら、何時か。また、僕は君に告白する』
『へえ。その時まで、あなたはわたしを愛するの?』
『だって、好きだから。大人になったら付き合って』
『うん。なら、わたし、待ってるから、迎えに来て』
『信じてるから。ずっと、待ってるよ。いつまでも』
『さようなら。またここで会えるときを、待ってる』
- 44 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:50:09.33 ID:bAq3pyUe0
人の噂も七十五日という言葉があるが、その通りだ。ようやく十月に差し掛かろうとしていた。
その頃には誰も都市伝説を語らなかった。その話をすると「遅れてるなあ」なんて言われるのだ。最近の学校での流行りはドラマなどが主流なのだという。
どうにも僕は関心が持てず、しかし話の種に見ていた。「ドラマ。初めて知った。わたしも人と話さないから」
「僕の場合は話せないだけだよ。チャンスがまず無い」
君の場合は話しかければ男子なら狂喜乱舞すると思う。
そんな事は口に出さずに、適当な会話を続けていった。「前も言ったけど、そっちは君の家の方向じゃないよ」
「いいの。今日はちょっと、寄るところがあるのよ」
そっか、なら、ここでさよならだ。それじゃあばいばい。
うん。ごめんなさい、それじゃあ。気をつけて帰るのよ。
まるで母親の如く心配する彼女に吹き出してしまった。となれば僕にはやることがない。家に帰ろう。
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