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よわくてニューゲーム

 

62 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:00:17.62 ID:bAq3pyUe0

まあ道は何度も通っているので覚えている。それでなくても狭い田舎だ。
「ここです」と言うと、怪訝そうな目を向けてきた。間違いないのに。
普通に下で管理人さんが掃き掃除をしていた。都市伝説とは思えない。
下のポストの表札を確認してもそれらしき記述はない。どこだろうか。「どこだよ。まずは二階からあたってみるか?ああ、二階だ二階」

「待ってください。多分。六階じゃないかなあ。わからないけど」

直感だった。直感。そうだろうか。分からない。何の気なしに押した六階。
「まあいいや」と呆れる先生を横目に僕は心の何処かで確信していたのだ。

「ええと。ここの奥。角部屋。七号室。そうだと思うんですけれど」

「お前。来たことあんのかよ。それなら先に言ってくれよ。頼むぜ」

僕はここに来たことがない。それは確かだ。なのに、どうして分かる?
チャイムを鳴らす。鳴らない?壊れているのだろうか。ドアノブを捻る。

「おかえりなさいませ」と絵に描いたような老齢の執事がそこにいた。

おかえりなさいませということは、室内で営業している店なのか?
テレビで見たことがある。執事喫茶のようなところなのだろうか。
「はじめてですか」と問われ、先生は「そうです」と答えていた。

「なら、奥へどうぞ。ご案内いたしますので」

 

 

63 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:01:06.65 ID:bAq3pyUe0

「で。ええと。ここは、何か販売していらっしゃるお店なのですか」
先生が言った。入ってみると普通の一般家庭のような内装であった。
椅子がありテレビがあり、キッチンもあるし、何一つも普通である。「売っている。そう言えば、そう、でございますな。確かに。ええ」

ああ、少々お待ち下さい。ただいま、お飲み物をお持ち致しますので。
そう言われ執事は花がらのエプロンをつけながらコーヒーを入れている。
なんだか旦那様や坊ちゃんとやらになった気分だ。懐かしい気分だった。

懐かしい?

そう言えばそう。という執事のニュアンスは、どういう意図なのだろう。
なんだろう。形ないものを売っているような。そういえば、この部屋は。
そうだ。人生を三回やり直すことのできる部屋。そのはずだったのだ。

なら。

コーヒーでよろしかったですよねえ。彼は僕にコーヒーを置いた。
そして先生にはお茶でよろしいですか?そう問い、お茶を置いた。
先生は静かに言った。率直に尋ねていた。ここはなんですか、と。

「ここは、人生を三回やり直すことのできる部屋でございます」

 

 

 

64 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:02:12.89 ID:bAq3pyUe0

「言葉は悪いのですが、どうにも。その。なんといえばよろしいか」
「ああ。確かに、信用できないのも、無理はございません。ええと」「証拠をお見せすることはできませんで、大変申し訳ございません」

その代わり。そう前置きして、執事はひげを触りながらこの部屋の説明をした。
半信半疑でお聞きください。そう笑っていっているあたり、逆に信憑性がある。

・この部屋で人生を三回やり直す契約をすることができる
・やり直す契約をした前日までしか、人生をやり直せない
・三回目の人生の選択でその人の人生は確定されてしまう

「契約と言っても、口頭ですので。法的義務は課せられませんよ」

「ついでに言うと途中で自殺した場合は強制リセットになります」

「さて、やり直す際にはいくつかの選択をしていただけるのです」

「内容は至って簡単。どれを選択していただいても、構いません」

「ああ。当然。お金はいただきません。無償奉仕ですので。ええ」

彼はそう言って小さなホワイトボードに文字と絵を書きだした。
これは、どこかで見たことがある。このシンプルすぎる三択を。

そう、これは、あの部屋だ。

 

 

 

65 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:02:47.59 ID:bAq3pyUe0

ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
「こう言った具合に人生の難易度を選択することができるのです」「ニューゲームは、全くのランダム。第一周と同じかもしれない」

「が、そうでないかもしれないのです。そして次。一つ下ですな」

「これは前世。つまり、前回の記憶を引き継いでやり直せますな」

「最後。よわくてニューゲーム。これを選択する方は、いません」

「………」

「いえ、いらっしゃいました。過去。懐かしいことでございます」

「………」

「さて。あなたがたは、どのような選択をなされるのでしょうか」

 

 

 

66 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:03:26.96 ID:bAq3pyUe0

「ありがとうございました。では、最後に。この女生徒を御存知ですか」
先生はうんざりしたように頭を掻き、彼女の写真を取り出し問い詰めた。
しかし「守秘義務」という言葉を盾にされ、しぶしぶ帰るしかなかった。「なんだ、あれ。頭。おかしいんじゃねえのか。やばいぜ、あれはよ」

「でも、不思議な方でしたねえ。僕は、なんだか、信じちゃったなあ」

「やばい薬でもやってるのかもしれない。こりゃあ、骨が折れそうだ」

もう、お前は、あそこに行くんじゃねえぞ。僕は、駅で彼と別れた。
僕はすぐに踵を返し、あのマンションに向かっていた。なぜだろう。

「またお帰りになられると信じておりました」

「すみません。何度も何度も。先ほどは、ありがとうございました」

「いいえ。恐らく、お尋ねになりたいことがあるのでしょう」

「わたくしの答えられる範囲でございましたら、お答えいたします」

 

 

 

67 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:04:22.69 ID:bAq3pyUe0

「では、一つ。この部屋は、そもそも何の為に存在しているのですか?」
「何の為。そちらからお答えいたしましょうか。ええと。ううん」「人生を悔いるものがいないように。配慮と言ったところですかな」

「そして、部屋。これは、正しくもあり、正しくないと言えましょうか」

「もともとは、こちらの部屋は、とある方に貸していただいておりまして」

「こちらの方が、人も多く来るでしょう。そう言って、貸していただいたのです」

「その前は、こちらの街のはずれにある、とある豪邸にここはございました」

豪邸。あの部屋。もともとは、この部屋は一つの存在だったということか?
あのように大きな建物はこの近辺に一箇所しかない。間違いないだろう。
質問を間違えてはいけない。そう直感し、考えを巡らせ、僕は尋ねていく。

「僕はあそこに行きました。ごめんなさい。そして、白い部屋を見ました」

「ああ。となれば、ご自分の状態を確認された、ということでございますか」

「状態。それは、どういう意味ですか。それに、あの部屋はなんですか?」

「まだ、ご存知でない?」

 

 

 

68 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:06:00.54 ID:bAq3pyUe0

「アカシック・レコードというものをご存知でございましょうか」
「全ての情報が記録されたところ。そういうふうに聞いたことくらいは」「左様でございます。あれは、こちらで契約をいただいた方の記録でございます」

「そして、同時に自らの契約状況を確認する為の部屋でございますな」

ここまで言われれば僕だって馬鹿じゃない。殆どわかってきた。
僕の人生は一周目ではない。よわくてニューゲームを選択した。
「あと 1 回です」の表示。僕は、既に三周目の人生なのだ。

そして、残りの選択は、あと一度だけ。何のために?
それに分からない事もある。僕は自らの名前を告げた。

「ええ。存じております。あなたは、確かに、契約成立しております」

「ニューゲームが一周目。これは誰しもですが。そしてつよくてニューゲーム」

「その後。よわくてニューゲームを選択されていらっしゃいますよ。ええ」

そうなのか。僕はいつの間にか変な売買契約のようなものを結んでいたのか。
なら、何の為に。僕はわざわざこのようなステータスを選んだと言うのか?

「それは、どうでしょうねえ。やはり、重要な意味があるのでしょう」

 

 

69 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:06:36.20 ID:bAq3pyUe0

「文字通り人生の選択なのです。誰もが一度はニューゲームを通ります」
「ですからそこから三回。正しくは合計四回やり直せるということです」「坊ちゃんには人生をやり直すチャンスがまだ残っています。ですので」

何か意味があった、と。分からない。わざわざ弱さを選択するだろうか?
「余命。もう一度確認されたほうがよろしいかと存じますが」彼は言った。
あのカウントダウンは、残りの余命のことだったのか。やっと気付いた。

「もう一つだけ」

「わたくしは、人生を悔いることのないように。確かにそう言いました」

「ではこちらのメリットは。それは、様々な人生を見てみたいのですよ」

「人が想いのままに生きた結果。それが幸せだろうとそうでなかろうと」

「人生のチャンスとその結果の、等価交換です。万物でも、それに然り」

「わたくし共は、どこまでも、厳正たる存在であらねばなりませんので」

「皆様方には、わたくしが天使でもあり、悪魔にでも見えるでしょうが」

「どこまでやり直しても、結局は、確定されたチャンスは一回きりです」

「ですから。決して、後悔なさらないように過ごされる事を願うのです」

 

 

 

70 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:07:36.55 ID:bAq3pyUe0

「最後に」
「よわくてニューゲームを選択し、幸せになったものは、いません」「誰もが不幸に人生を終えるのです。やり直し地点までそれすらも」

「………」

「ありがとうございました」

「色々、考えてみます」

「はい」

「それでは、さようなら」

「ええ」

「行ってらっしゃいませ」

「坊ちゃん」

ドアが閉まる音が聞こえる。僕はその扉をじっと見つめていた。
帰ろう。そう思い背を向けたとき、彼の呟き声が聞こえてきた。

「ご学友は、彼の人生を確定させてほしい。そう仰りました」

 

 

 

71 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:08:25.42 ID:bAq3pyUe0

その後の僕を待っていたのは精神的な疲労ばかりであった。
学校に行っても何をしても僕にはやる気というものが沸かなかった。
それは当然とも言える。どちらにせよ、もう一度やり直すのだから。
これは現実であって現実ではないのだ。やる気など沸くわけがない。言うなれば、平行世界の一部と言ったところだろう。

故に僕はどんどん暗い人間になっていくことになるのも必然であろう。
以前気にかけてくれていた国語教師すらも僕を見て溜息を漏らすのだ。
そう言えば彼は彼女の事について解決したのだろうか。恐らくまだだ。

そういうわけで表面的には変化がなく、内面的に堕落していった。

ただもちろん母への感謝の念だけは欠かさず忘れずに心の中にある。
しかしその他に関してのやる気などとうにどこかに置き忘れていた。

ああこのまま死んじゃってもいいんじゃないかなあ、とも思った。
そして僕の悩みと言えば最後の選択をどうするかについてである。
そこで再び思い出したのが執事の言っていた余命のことだった。

思い出したのが中学三年生の冬を超えた一月末のことである。

 

 

 

72 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:09:04.75 ID:bAq3pyUe0

その後には既に顔も頭も心も何もかもダメな男へと僕は変貌していた。
ただ日々教科書を開き勉強しているふりをしているだけのダメ人間である。
その姿をみて「すごいねえ」という母の笑顔に泥を塗っていると気付いた。
受験など意味を成さない。母はどこかやる気のなさを察していた気がする。そこでも気になっていたのはやはり彼女のことであった。

卒業前日になった今も、告白する人間が後を絶たないのである。
しかし彼女は頑ならしかった。好きな人がいるとのことだった。
そりゃあ大層イケメンな存在なのだろうと落胆せざるを得ない。

しかしどうにも風の噂と言う名の盗み聞きだと普通の男らしいのである。

残念ながら僕は最底辺の男な故に該当しない。つまり失恋したのである。
何も努力せずに失恋に涙を流すあたり僕は相当ダメな人間だと言える。
しかしようやく失恋を味わった。これも次の人生への教訓になるだろう。

と、ここで僕は「失恋した」と感じている僕がいることに気がついた。

つまりは、日々彼女との会話を楽しみ、恋に焦がれていたということになる。
ああ、今になってわかるこの感情。来世では僕は彼女に出会えるのだろうか。
次に出会えたら僕は君に相応しい男になりたいものだ。そして、また、君に。

君に。僕は。君に。君。僕。また。大人。僕は。

君に。彼女に、告白。するんじゃ、なかった、のか。僕は。ああ。僕は、全て、思い、出した。

 

 

 

73 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:09:49.08 ID:bAq3pyUe0

『いらっしゃいませ。なにぶん、広い屋敷ですが、こちらへどうぞ』
『ええ。ううん。広い家だなあ。ここって、本当に人生をやり直せるのですか』『はい。嘘は申しません。新規契約の方でよろしかったでしょうか?』

『ああ。はい。では、あなたは、人生を三回やり直すことになる。よろしいですか』

『大丈夫です。僕は、後悔してるんです。告白しなければよかった、って』

『というと、失恋なされた。それに、その筒。もしや。ご卒業おめでとうございます』

『ありがとうございます。卒業式で告白して、ふられてしまって。いい思い出です』

『心中お察し致します。ですが、本当によろしいのですかな。契約しても』

『ええ。自分勝手ですが、僕は彼女と青春したかったんです。同じ高校へも行けなかった』

『彼女は頭がよかった。それに、大人になってからなら付き合う。そう言っていました』

『でも。僕たちが付き合いはじめるのは、時間に追われた社会人になってからなんです』

『それに。僕がいい男になる頃には、もっといい男と並んで歩いているんじゃないか、って』

 

 

 

74 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:10:28.37 ID:bAq3pyUe0

『ははあ。なるほど。確かに、時間の流れは人を変えてしまいますから。確かに』
『僕と彼女は、似たもの同士だと思っていました。でも、やっぱり色々違うんです』『ほう。どのように、でございましょうか』

『まず、僕は普通だ。でも、彼女は綺麗だし、頭もいい。しかも、いい女です』

『いい女。それは、素晴らしい。しかし、それがわかるあなたも、また、いい男なのでは』

『そんなことありません。僕は好きな人と一緒になりたい。即物的な願いでしょう』

『どうでしょうか。それは、普通の事なのではありませんでしょうか』

『時間はあっても、ないようなものなんだ。辛いよ。だから、僕はやり直すんだ』

『初恋の人なんだ。成就させたい。きっと迎えに行くんだ。ただそれだけなんです』

『両親も普通同士だったから出会えた。そう言ってました。なら、僕も強くなりたい』

『それで。他人の特別になりたいんです。最高の親なのに、僕は裏切ってしまうんだ』

『…僕が選ぶのは「つよくてニューゲーム」です。ありがとう。僕に協力してくれて』

 

 

75 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:11:12.97 ID:bAq3pyUe0

『あ、そうだ』
『あなたは、どうして他人の人生をやり直させる協力をするのですか?』『わたくし共は、人生を悔いるものがいないように。その為でございます』

『そうですか。なら、僕の居なくなった後、僕の家でも使ってください』

『ご家族は?』

『いつまでたっても新婚のようなんだ。この前、旅行に行ってしまって』

『左様でございますか。なぜ、わたくしに、家を貸していただけるのですか』

『だって、人が幸せになる可能性が、少しでもあがるんですよ。これって』

『こんなところでやるより、ずっと人も集まるし、多くの人が幸せになる』

『幸せは分かち合わないと。独り占めなんて、いけないことだと思いますし』

『…では、ありがたく頂戴致します』

 

 

 

76 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:12:07.36 ID:bAq3pyUe0

僕は執事に目を覆われ、ゆっくりとまどろみの中に落ちていった。
ゆっくりと、ゆっくりと。現実から乖離していくような感覚があった。
そして完全にこの世界から外れてしまう直前に、彼の笑い声を聞いた。『………』

『ふ、ふ、ふふ。ふ、ふふふ、ふ、ふふ…ふ、ふふふ』

『…面白い。普通だと言うのに、全くもって、あなたは普通を逸脱していますねえ』

『似たもの同士でない。あなたは、そう言いました。どこがでしょうか。わかりませんねえ』

『寸分違わず、鏡写しに、何もかも。全くもって、同じじゃあ、ありませんか』

『自分の為と言いながら、あなたは、他人の為に人生をやり直すのです』

『誰かの特別になる為に。他人の幸せを願う為に、わたくしに家を引き渡す、などと』

『女の為。他人の為。積み上げてきた人生を崩して。何もかもを捨てて。ああ、面白い』

『相思相愛ではございませんか。ああ、これは口止めされていたのでしたか』

『さようなら』

『…次に家に帰ってくることがあれば、わたくしはお迎えしましょう』

『おかえりなさいませ、と』

 

 

 

77 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:12:35.43 ID:bAq3pyUe0

ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム

 

 

 

78 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:13:45.91 ID:bAq3pyUe0

  ・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム

 

 

 

79 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:15:35.76 ID:bAq3pyUe0

『本日よりこちらでお世話になります。坊ちゃんのお世話をさせていただきます』
『そういえば、見たことあるな。つっても、思い出したの、最近だけどな』『見ろよ。前の俺とは、ずいぶん違うだろ。ずっと前より格好よくなったはずだ』

『恐らく殆どの女性は、あなたを見て、振り向き、好意的になるでしょう』

『もうなってる。気分がいいのは、最初だけだ。少しうんざりもしてきたんだよ』

『頭もいい。顔もよくなった。喧嘩だって負けない。なのに、何でなんだ』

『難しいことでも話せるように経済学書だって買い漁って読んだ。すげえだろ』

『友達だっている。金もある。何もかもあるのに、あいつだけが居ないんだ』

『ああ。あの、女性の事でございますか。あの方とは、今どうなっておりますか』

『俺の事、やっぱり、覚えてねえみてえでな。辛い。でも、俺はすぐに分かった』

『記憶引き継いでるからだろうな。でも、癖とか仕草とか、まんま、あいつだった』

『俺。絶対。今度こそ、あいつと一緒になるんだ。待ってろ、すぐに見せてやるぜ』

 

 

 

80 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:16:22.66 ID:bAq3pyUe0

『最近、あの方のお話も、もう、なされなくなりました。どうなさいましたか』
『どうもねえ。告白してくると思って待ってりゃあ、来ねえし。もう卒業前だ』『勉強だって教えてやった。困ったことがありゃあ、助けもした。何でなんだよ』

『しかも、あいつは前より随分と暗くなっちまった。あんなのあいつじゃねえよ』

『あいつには、友達も、金も、家族だって居ない。なんでこんなふうになっちまった』

『なんなんだ。でも、俺はあいつが好きだ。この想いだけは変わらねえんだ』

『何もかもあいつじゃない。でも、俺はあいつが好きだ。どんなに変わっても』

『癖とか仕草。それを見てると、思い出すんだ。笑って話してた、あの頃を、全部』

『でも、なんでだ。明日は、卒業式だぜ。明日、俺はあいつに告白する。絶対に』

『…それで。やっと、俺はあいつと一緒になれるんだ。幸せは、もう、目の前なんだよ…』

 

 

 

81 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:17:26.23 ID:bAq3pyUe0

『…ふられちまった。あなたは、弱い人の気持ちがわからないのよ。そう言われたよ』
『それは』『いいんだ。慰めなんて、いらない。俺は確かに、そうだった。今になって気付いたよ』

『してやってる。やってる。押し付けがましいことばっかりだ。自信過剰のクソ野郎だ』

『この家も、貸してくれてありがとうな。最後に、あんたの飯、食わせてくれねえかな』

『あと、コーヒー。あんたの淹れるコーヒー、俺。正直言うと、かなり好きだったんだぜ』

『もう、時間ねえんだ。頼むよ。最後の願い。ああ、遺言ってやつかな。だせえな、俺』

『この家は、つよくてニューゲームのオプションでございます。あまりお気になさらずに』

『それでは、何かしらお作りいたしましょう。何か、召し上がりたいものはございますか』

『スイッチ。電灯のスイッチ。どこだ。ああ、ここか。しばらく入ってねえからわかんねえ』

『食堂。こんなふうになってたのか。いつもあんたに任せっきりだ。俺も何か、やってみたい』

『やべえ。皿欠けちまった。悪い。わざとじゃねえんだが、ああ、すまん。悪かったよ本当』

『最後の晩餐なんだ。冷蔵庫のもん、全部使っちまおうぜ。そんで、俺らで食っちまおうぜ』

『わたくしは、食事は必要ありません存在でございます。しかし、お付き合いいたしましょう』

『ありがとう。よかったらさ、俺のこと、忘れないでほしいんだ。こんなクソ野郎でもさ』

『かしこまりました。わたくしは、あなたの執事でございます。いつまでも、お呼びしますよ』

『坊ちゃん、と』

 

 

82 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:18:40.60 ID:bAq3pyUe0

『飯。最高に美味かった。もう、俺は決めたよ。何もかもを。俺に賭けるよ』
『俺は、弱いやつの気持ちが分からない。だって、今の俺は、強いんだからな』『だから、俺は弱くなる。どこまでも誰よりも弱くなる。最底辺になるんだ』

『俺はきっと、何もかも忘れるんだろう。でも、それでダメなら、俺はダメだ』

『あいつに相応しくない。その程度の愛だった。そういうことになるんだから』

『いつ思い出すかもわからない。でもさ。俺は、俺のことを信じてるんだぜ』

『誰よりもあいつの事が好きだ。それだけは、俺は誰になっても変わらない』

『絶対に幸せにするんだ。隣を歩ける大人な男になるんだ。人生を賭けてな』

『この親も、俺に大事な事を教えてくれた。今になって、やっとわかったよ』

『もう、ありがとう、って言えねえけどな。ごめんな、親父。お袋も、だ』

『あんたも。ありがとう。こんな俺に、ずっと尽くしてくれてて。ありがとう』

『あなたという存在にも、わたくしは心惹かれてたまらないのです。素晴らしい』

『わたくしは、あなたの幸せを、心から願っております。では、選んでください』

『あなたの人生を賭けた選択を。見せてください。何もかもを賭すだけの結末を』

『ああ』

『俺が選ぶのは』

『よわくてニューゲーム』

 

 

83 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:20:00.73 ID:bAq3pyUe0

ニア・ニューゲーム
・つよくてニューゲーム
・よわくてニューゲーム
  ・ニューゲーム
ニア・つよくてニューゲーム
  ・よわくてニューゲーム  ・ニューゲーム
  ・つよくてニューゲーム
ニア・よわくてニューゲーム

 

 

 

84 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:21:27.39 ID:bAq3pyUe0

あ。ああ。あ。あああああ。僕は、僕は。僕は彼女と人生を歩むために、選んだ。
あああ。彼女に相応しい男になる為に。大人な男になって、約束を果たすために。
何もかもを捨てて、全て、彼女の為に。選んで。選んで、もう、僕は、ダメだ。
どれを選んでも、僕はダメだった。もう、何を選んでも、結果は変わらないんだ。ああああああああああああああ。僕は。何をしていた?思い出せるチャンスはあった。
いくらでもあったじゃないか。思い出せば思い出すほどそれは奇妙だったじゃないか。

僕は自転車に飛び乗りあのマンションへと向かった。彼は全てを知っていた。

僕を坊ちゃんと呼ぶ理由も。躊躇いもなく僕にコーヒーを差し出した理由も。
彼は先生には聞いていたじゃないか。何を飲むかと確認していたはずだった。
彼は僕が忘れているか確認していたのだ。「まだ、ご存知でない?」とも。

あの部屋。あの部屋は。一周目に僕が住んでいた、普通の家じゃないか。

人にぶつかりそうになりながら僕はあの部屋を目指した。六階。七号室。僕の家を。
僕は激しくドアを叩く。いるんでしょう。入りますから。僕はドアノブを捻った。

「…おかえりなさいませ。坊ちゃん」

「ただいま。あなたは、二周目の、僕の執事だった」

「あなたは何もかもを知っていた。どうして、僕の前に現れなかったのですか」

「それは、これが、よわくてニューゲームだからでございます」

「人間の最下層。最底辺。何もかもが劣っている存在を望まれたものですから」

 

 

 

85 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:22:23.92 ID:bAq3pyUe0

「しかし」
「坊ちゃんはこのままでは幸せにはなれません。不幸せのまま、人生の選択を迫られるのです」「坊ちゃんは…ああ。ちょうど、今から二十四時間後に人生をやり直すことを選ばれた」

「残り86400秒。86399秒。刻一刻と時刻は迫っております。もう、お時間は残ってはいません」

「なら、助けてくれないか。僕を。彼女と。一緒になりたいんだ。頼むよ。お願いだ」

「なりません。わたくしは、厳正たる存在でなければなりませんので。申し訳ございません」

「そんな。僕の執事なんでしょう。助けてください。お願いします。何でも。何でもするから」

「いいえ。直接手を貸すなど、わたくしには出来ないのです。そう決まっておりますゆえに」

「それでも幸せになりたいのなら。わたくしから、一言。あなたがたは、すれ違ったのです」

「それでは、そろそろお時間です。次にお会いするならば、最後の選択のときなのでしょう」

「行ってらっしゃいませ。坊ちゃん」

 

 

 

86 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:22:56.51 ID:bAq3pyUe0

 あと 86262 秒です。
 ニア ・おわる

 

 

 

87VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/02(火) 23:23:15.20 ID:MwYGNuVL0
みてるぜ
超おもろい

 

 

 

88VIPにかわりましてNIPPERがお送りします :2013/07/02(火) 23:24:24.10 ID:6lfEc3VDo
すごく面白い

 

 

89 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:25:05.79 ID:bAq3pyUe0

僕は彼に抱えられて外に出された。固く扉は閉ざされた。人の気配もしない。
彼は消えたのだろうか。分からない。けれど、僕はもう会えない気がした。
時間はない。残された時間は二十四時間を切っている。全てを覆さないと。
家に戻り、僕は布団の中で考えた。彼の最後の言葉。すれ違ったのだ、と。あなたがた。

あなたがた、というと。やはり、彼女の事なのだろうが。
ならば「すれ違った」とは、何のことを指しているんだ?

すれ違った。確かに僕たちは、今現状すれ違っていると言っていい。
ならば、どうしてすれ違ったんだろう。そう。あの日からなのだ。
そうだ。彼は言った。「人生を確定させてほしい」と言っていたと。

確定。

彼女は毎日あそこへ通っていた。なぜ?要求が通らなかったからと言える。
なら、どうして要求が通らなかった。契約の内容に反する事柄だから、か?

そう考えれば、何が契約内容に反する?三回やり直す点に関してか?

まずはそう考えてみよう。ならば、どうなる。彼女はそういうことか。
となれば、合点はいく。彼女だった。僕より前にあの部屋に居たのは。

だって、僕は思ったはずなんだ。あの人の名前の画面を見て、驚いた。
「…そこに、僕の名前もあったからだっけ」そう思ったはずなんだ。
そりゃあ驚かざるを得ないよ。僕の名前もそこにあったんだから。

それに「つよくてニューゲーム」を選んだ、彼女の名前もあったんだから。

 

90 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:26:00.78 ID:bAq3pyUe0

「ねえ。お母さん。僕。話があるんだ。これが最後になると思う」
僕は早朝に起床し、帰ってきた母に対して開口一番にそう告げた。
母は「ふっ」と軽く息をはき「どっか、遠い所でも行くの?」だ。
最後まで、僕の母は僕より一枚上手ないい女だなあと思っている。「お母さん。違うかな。あなた、かな。ごめんなさい。親不孝で」

「事情はわかんない。まだ卒業式まで、時間あるでしょ。教えて」

僕はこれまでの事を歪曲も誇張もせずに全て主観的に語っていった。
「すごいねえ」とか「こわい」とかいうあたり、お母さんらしい。

「僕には、他に四人も親がいるんだ。信じられないことだけど、本当なんだ」

「もしかしたら、あなたの本当の子供じゃないかもしれない。ごめんなさい」

「僕は、帰ってくるかもしれないし、帰ってこないかもしれないんです。僕」

「僕は僕じゃなくなって帰ってくるかもしれない。そうしたら、本当の子供が」

「いいのよ。子供はあんただけ。他に誰もいない。弱くて不細工なあたしの子」

「なのに、誰よりも強い、あたしの子だから」

 

 

 

91 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:26:30.14 ID:bAq3pyUe0

「あんたがあたしみたいな母親でも、いたって覚えててくれれば、それでいいのよ」
「美人で性格もいい器量よし。たまにあばずれで、酔っぱらいのあたしのことをね」「あんたが忘れても、あたしが覚えてる。あんたは、あたしの特別な子なんだもん」

「僕は。僕は、忘れません。育てていただいたことも。料理の味も。何一つだって」

「でも。僕は、何一つ、恩返しができなかった。やっとこれからだって思ったのに」

「馬鹿ねえ。あんたやっぱりあたしの子だわ。いい男なのに、本当に馬鹿なのよね」

「あんたが生まれた時点で、十分恩返しになってんのよ。くさいこと言わせないで」

「何度人生やり直したって、あんたはあたしの子供なの。だから、胸を張りなさい」

「あたしが、育てたのよ。いい男に決まってる。あんたを振る女は、ろくでなしよ」

「一つだけ、あたしの願いが叶うなら。あんたは、嫌かもしれないけれど」

「また、あたしの子に、生まれてきてほしい」

 

 

 

92 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:27:05.51 ID:bAq3pyUe0

「話は終わり。違う人間なら、あたしの所へ会いに来ること。約束よ。絶対だから」
「そんでその女連れてきなさい。信じてるけど、あたしも見てみないと気が済まない」「それにね。あたしはあんたに教えたでしょ。他人の為にやり直せる人生を、って」

「親のいうこと聞いて実行する子供が、親不孝者って思う?鳶が鷹を産んだんだから」

「ほら行ってこい不細工。あたし卒業式行かないから。泣くとこみられたくないもの」

僕は涙を拭い、母に礼を告げた。今までありがとうございました、と。
帰ってこれる保証はない。どうなるかだってわからないのだ。だから。

「僕は、あなたの事を、最高の母親だと思います。生まれてきてよかったと思います」

「僕は、さようなら、なんて言いません。だって、別れの挨拶でしょう?」

「だから」

「行ってきます。お母さん」

「行ってらっしゃい、馬鹿息子」

 

 

93 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:27:46.52 ID:bAq3pyUe0

午前八時に到着し彼女の姿を探した。だが、彼女はどこにも居なかった。
そのまま開会式だったり挨拶やらでそのまま九時。しかし現れない。
十時。十一時。それでも、現れない。彼女は、何をしているんだ?十一時半過ぎ。

長々としたPTAの挨拶途中に僕は腹が痛いと席を立ち、僕は走った。
一周目と二周目の挨拶はこうも長くなかった。難易度の差なのか?
「よわくて」とは周囲の環境も恐らく入っているのだろう。くそ。

どこにいる?田舎の学校だ、そこそこには広い。彼女はどこにいる?
一室一室見回っていたら時間がない。だが、見落としがあってもいけない。

彼女の名前を叫びながら一階から四階、渡り廊下からプールも走った。
まさか、彼女は学校には来ていない?そんなことがあってたまるものか。
校庭は見渡せばどこにいるか分かる。見渡せば。そうだ。屋上しかない。

十一時五十八分。

僕は走った。間に合ってくれ。僕は彼女に一言言うだけでいいんだ。
好きだと。僕は君が好きだと。付き合ってほしい、それだけでいい。

僕が消え去る、その一瞬までもを賭して。

 

94 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:28:41.42 ID:bAq3pyUe0

 あと 104 秒です。
 ニア ・おわる あと 82 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 65 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 48 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 30 秒です。

 ニア ・おわる

 あと 15 秒です。

 ニア ・おわる

 

 

95 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:29:38.96 ID:bAq3pyUe0

 あと 12 秒です。
 ニア ・おわる僕は屋上へと続く階段を登りきり、ドアを開け放った。
直射日光が僕の目へと入ってくる。前が見えない。

 あと 8 秒です。

 ニア ・おわる

ああ、誰かが振り向いた。彼女でなければ、僕は。
目をこらして、手で光を遮り、僕は前を見てみる。

 あと 3 秒です。

 ニア ・おわる

彼女だ。彼女。ああ、僕は大きく息を吸い込んだ。
叫ぶだけだ。想いが伝わってくれれば。それだけで。

「僕は、君が――――――――――」

 

 

96 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:30:17.81 ID:bAq3pyUe0

 あと 0 秒です。
 ニア ・おわる G A M E O V E R

 

 

 

97 ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 23:30:59.48 ID:bAq3pyUe0

「残念ながら、坊ちゃんの三周目はここで終了となります」
「僕は。間に合わなかった。そういうことになるのですか」「ええ。最後まで言えておりません。でも察したでしょう」

「情けない話です。僕は、やはり弱かったということかな」

「そういうことでございます。では、次の選択に移ります」

「………」

「聞いておられますか。次の選択に移るのです。坊ちゃん」

「ううむ。わたくしの主人とは思えないですな。本当に…」

「本当に、素晴らしい」

「わたくしは、あの結末が、気になってたまらないのです」

「ですが、わたくしが直接手を貸すわけには参りませんで」

「ならば」

「貸せないのなら、わたくしが、返せばよいのですから」

SS, 名作

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