よわくてニューゲーム
- 15 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:31:36.65 ID:bAq3pyUe0
きょうつうにんしき。なんだろう。難しい言葉だ。幸せになるには、強さも弱さも必要だと彼女は言った。
まあ強さは分かる。でも、弱さは何で必要なんだろう。
どうしてだろう。そう。きっと、人の気持ちを知る為。強かったら、そんな気持ちがかけらもわからないからだ。悩む僕を、彼女は何故か嬉しそうに見て笑っていた。
きっと彼女は頭がいいんだ。難しい言葉を知ってる。
中学校はまだしも同じ高校になんて入れなさそうだ。そう。入れはしなかった。
僕は一瞬そう考えた事に恐怖していたような気がする。
まだ分からないじゃないか。僕は何を決めつけている。「何を悩んでいるのかしら。わたしのこと?」
「うん。君は、頭がいいから。遠いなあって」
「そうかしら。わたしも、そう思った事ある」
僕は知らない間に知的な表現でもしていたのだろうか。
少なくとも知的という言葉は似合わないと思うのだが。成績から言うと、せいぜい恥的というところだろう。
- 16 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:32:15.38 ID:bAq3pyUe0
テストを返すぞ。七文字で人を地獄に突き落とす言葉である。先に言い訳しておくが、僕は本当に真面目に勉強していた。
確かにゲームは好きだが、きちんと自習もしているのだ。
それなのに、これほどまでに成績が悪いのは驚愕である。二年生になっても、僕と彼女は同じクラスであった。
一組と二組があるので入れ替わる可能性もあったのだ。「あなた、頭が悪くなっちゃったのかしら。どうしよう」
あまりにも酷い言い草であるが、母にも彼女にも罪はない。
母は勉強する僕を見て「子供を間違えた」とまで言うのだ。
帰宅しテストの点を見せると「あたしの子だ」と笑った。三年生になる頃には、男子二組三十五名中の十八名が撃沈。
その中の大部分は彼女を諦めない存在が多くを占めていた。
それに反して僕と言えば彼女以外の女子と話すこともない。「僕は君と話せるあたりに、運を使い果たしちゃったのかも」
「わたし、男子と話しても女子と話しても変な目で見られる」
「あなたと言えば、すごく人畜無害そうでしょう。だからよ」
万に一つもこいつだけはあり得ないと思われているのだろう。
酷いが僕もそう思う。腐っても僕だけは選んではいけない。
少しずつ自我を確立するに連れて、僕は学習していった。
- 17 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:32:50.75 ID:bAq3pyUe0
そして四年生になる頃には、僕は彼らの同級生になっていた。元々同級生ではあるが「そういう人がいる」という認識だ。
たまに声をかけられて、たまに無視されたりするくらいだ。
僕はとても選べる立場ではない。それは彼女も一緒だった。僕は選べない。選択肢が少なすぎて。そうしているしかない。
彼女も同様だ。選択肢が多すぎて。選ばないのが得策なのだ。「あなた、人生辛くないのかしら。実際どうなの?」
「辛くないよ。僕には君もいるし、母親もいるんだ」
「わたしはこの人生を後悔ばかりして過ごしそうよ」
「あはは。ああ、確かに。僕もそうだった気がする」
「そうだった?」
「え。ああ。違う。僕。後悔したことなんてないよ」
「僕は幸せなんだ。それなのに、なんでなんだろう」
「どうして、そんなことを言ってしまったんだろう」
- 18 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:33:17.83 ID:bAq3pyUe0
「最近。僕は、変な夢ばかり見るんだ」支離滅裂かもしれないけど。僕はそう前置きして言った。
彼女の読書趣味に合わせていたら身についた語彙である。「皆が僕の事を全然違う名前で、すごく親しそうに呼んでいるんだ」「家に帰れば、お金持ちの家だったり、普通のマンションだったり」
「僕は幸せそうなんだけど、最後は、君みたいな女の子にふられる」
彼女はしばし無言を貫き、目を丸くして聞いていた。
数秒の間の後に「欲求不満じゃない?」と言っていた。
確かに有り得そうだ。でも生活に不満はないというのに。「それに、今の僕よりずっといい顔だったり、普通の顔だったりするんだ」
「友達も今よりずっと多い。侍らせてるみたいな夢だってみたことあった」
「へえ。面白い。なら、夢の中のほうが、ずっと楽しいんじゃないかしら」
「僕は、こっちの方が、ずっと楽しいな」
- 19 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:33:47.51 ID:bAq3pyUe0
「お金がなくたって、どうにかなる。僕みたいに。普通に生きてる」「それに、顔は。顔より本質を理解してくれる人が現れる。らしい」「おまけに頭も悪い。でも、その代わり、僕は僕だと思えるんだよ」ああ、やっぱり、言ってることが滅茶苦茶になってきてるなあ、と思った。
でもなんだか、間違いではなくて。ううん。何がおかしかったんだろうか。「普通の僕は、人に流されるだけ。最初から最後まで。誰でもなかった」
「強かった僕は、人に持ち上げられて、もう自分が自分と思えなかった」
「で、今の僕は、誰にも持ちあげられずに、流されるような人もいない」
「なんだか、最も僕の本質に近いような気がするんだ。最高だと思うよ」
「しかも今は、最底辺だ。これから僕は上に登るだけだ。希望しかない」
あなたって、誰よりも弱いのに、誰よりも強いのかもしれない。そう言った。
ああ。こんなことを言うのは初めてだ。なんだか本当に恥ずかしいと思った。
今なら思春期特有の悩みという言葉で片付けられる。ありがたい限りである。「なら、人生をやり直せたら、だなんて。思わないかしら」
- 20 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:34:15.87 ID:bAq3pyUe0
「どうかな。僕は、思わないかな。これが最高だと思えるから」「最低なのに、最高なんだ。ちょっと矛盾してるけど、これでいい」「なんだろう。これが僕なんだ。不細工で頭も悪い。けど、これが僕だ」僕がそう言うと、隣を並んで歩く彼女は、涙を流していた。
ああ。どうして泣くの。僕は何か言ってしまっただろうか。「いいえ。あなたが悪いわけではないの。少し。ちょっと」
別れ道に差し掛かるまで、僕は彼女を心配し続けていた。
けれども大丈夫と繰り返すばかりで、理由は分からない。「じゃあ、また明日。学校で会いましょう」
そう言って別れて、僕は彼女の涙の意味を探していた。
彼女は何か言いたげだった。なら、何を言いたかった?『―――――人生をやり直せたら、だなんて、思わないかしら』
この問いに対して、いいえと答えてから、彼女は涙していた。
つまり、彼女が望んでいた僕の答えではなかったのだろうか。
だが。もし、はいと答えるのが彼女の望む答えだったならば。僕に人生をやり直させたいだけの理由がある、ということか?
- 21 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:34:51.13 ID:bAq3pyUe0
『ああ、お前には、友人なんていないんじゃないのか』『そんなことねえよ。なんだって、そう言えるんだよ』『お前の周りにいるのは、ただの取り巻きだと思うが』『お前のことなんて、誰も気にしてない。どう思う?』
『そうかもな。なら、俺は、どうすりゃいいってんだ』
『欲しいものは、なんでももってる。でも、何もない』
『金もある。成績もいい。顔だっていい。なのになぜ』
『友人を作るのに、それは、なくちゃいけないのか?』
『当たり前だろ。選ばなきゃいけない。善し悪しをな』
『選べるほど、いつからお前は上等な人間になった?』
『自然にできてるんじゃないのか、そういう友人とは』
- 22 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:35:23.64 ID:bAq3pyUe0
また、僕は誰かの夢を見た。あの日からだ。こんな選択をしたことがある。そう思ったときからだ。
何かにつけては僕の夢に現れて、勝手に去っていくんだ。
もう少しで春が来る。また季節を最初からやり直すんだ。そしてまた春が来た。僕たちはようやく五年生になった。その時からだっただろうか。都市伝説が流れ始めたのは。
どこから流れたかも分からない。けれど全員知っていた。街外れの豪邸の中。そして同時に、もう一つ、噂が流れた。
「人生を三回やり直すことのできる部屋がある」という噂。
それはどうにも、どこかの住宅街の中にあるらしいのだ。「ねえ。豪邸の噂。あれ、君は気になったりしないの?」
「今さらどうでもいいわよ。散々、その話を聞かされた」
彼女は本当にうんざりしたように言った。噂で持ちきりだ。
学校も、先生が見回りに行くだなんて言っていた。困った。
となると、気になるなら一人で行くしかないということだ。「じゃあ、僕が行ってみるとしようかな」
- 23 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:35:50.15 ID:bAq3pyUe0
「ダメよ。勝手に入って、絶対に怒られることになるのよ」「でも、気になるとは思わないの?君も一緒に行かない?」「行かないわよ、あんなところ。怒られるなんてごめんよ」ううん。やはり女の子というものは冒険に否定的なのだろうか?
でも先生が見回りしてるんだよなあ。そう思うとやる気を失くす。
特に体育の先生は、古風な教育と言う名の拳骨を落としていく。「痛いわよ。わたしなら、痛くて涙が滲むと思う。絶対嫌」
そう思うにつれて、探究心は急速に芽を摘まれたように消えていった。
僕が「殴られるのは嫌だ」と言うと満足したように彼女は笑っていた。
やはりいつの世でも最後に勝つのは目と鼻の先にある握り拳と言える。「ただいま。ねえ、人生やり直してみたいとか、思う?」
「あたし?やりたいことはあるけど、もういいわよ。いらない」
「今だって、あんた育てるので精一杯だし、子育て最高に楽しいから」
愉快そうに笑っている母を見て、ああ、この人の子供なのだと思った。
僕も言い方はおかしいのだろうが、この人に育てられるので精一杯だ。
そんなふうに思っていると、母は急に真剣な眼差しで僕にこう言った。「もし、やり直すなら、他人の為にやり直せる人生にしなさいよ」
- 24 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:36:21.47 ID:bAq3pyUe0
「そりゃ、こんな貧乏で、あばずれの母親持って、あんたも嫌でしょ」「あんた、言われてるでしょ。母親は、誰とでも寝てるんだぜ、とか」「それはいいのよ。昔は、そうだったし。でも、あたしはこれでいい」あんたを捨てて出て行ったあいつにも、思う所はあるんだけど。
でもねえ、あたしはこんな人生でも、何一つ後悔してないわよ。「だから、やり直すなら、次は幸せな人生送りなさいよ。後悔すんな」
どこか寂しそうに視線を宙に彷徨わせながら、しんみりと呟いた。
あたしみたいな母親に当たっちゃダメよ。言うと、げらげら笑った。「僕は、最高の母親だと思うけどなあ。綺麗事、言わないんだもん」
「そんな事、言える余裕がないだけよ。大層な人間でもないんだし」
ああ、あたしはそろそろ、仕事に行かないといけないし、行ってくる。
あんたはさっさと寝て、明日、あたしの事起こしてよ。任せたから。「行ってらっしゃい」
- 25 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:36:48.64 ID:bAq3pyUe0
「他人の為にやり直せる人生か」テレビもなんにもつけずに、僕は部屋の中でそう呟いてみた。
確かに今の僕は人に不幸だの親はどう言われようとも幸せだ。
と、そこまで考えたところであの都市伝説を思い出していた。行かないと言ったものの、やはり男としては気になるのだ。と言っても、僕には場所すら分からない。長く住んでいるが。
念の為に僕はそこへ行ってくるという書き置きを残していた。それで外には出てみたが、街のはずれということしか知らない。
ううん。僕は三年生の誕生日に買ってもらった自転車を跨いだ。
まあダメ元で調べてみるのだ。あったらあったでそれでいいか。十七時に行動を開始して、街中探しまわって二十一時。
田舎で小さいとは言っても、開発途中の地も多かった。そんなところを服を汚しつつ見て見回ってこの時間だった。
残るはここだけだ。うわあ入りたくない。そんな感想だった。
自転車を停め、入って行くと、どうやら人が入った跡がある。「まさか」と呟きつつも、希望の一歩を踏み出した。
- 26 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:37:20.11 ID:bAq3pyUe0
十分か二十分か三十分か歩いた所で、僕はその豪邸を見つけた。なんだこれ。こんなところ、この街のどこにあったんだろう。
そう思うほど、広い家だった。話に上がったことすらない。噂を僕の中で反芻してみた。テレビの電源を入れるだけか。玄関というか柵で覆われていた入り口も開いているようだ。
中からは人の声もしないし、無人であることが確認できる。「おじゃまします」
間違いなく管理会社から見ても邪魔者なのでそう告げてみた。
やはり声はしない。しかも割と汚いと思った。二階建てか。
玄関に入ると螺旋階段が二階へと続いているが、後にしよう。まずは入って右。いくつか部屋を開けてみる。何もない。
正確に言えば色々あったが、何がなんだか判別できない。奥へ行くと食堂だった。色々と原型を留めているようだった。
迷わずスイッチを押したが、やはり電気はつかないようだ。
食器もそのまま残っている。ところどころ欠けているのだが。そして入り口に戻り、左へ向かった。
- 27 : ◆hOVX8kZ7sLVS :2013/07/02(火) 22:37:49.05 ID:bAq3pyUe0
相変わらずほこりくさい屋内だった。いくつか鍵がかかっており入れなかったが、廊下に壺があった。
落としたら簡単に割れそうだが、見て分かるほどには高級品だ。
ようやく入れた部屋の中は、経済学的な本が多かったと思う。けれど僕なんかには分からない。諦めて入り口へ戻った。さて、となると残っているのはこの螺旋階段より上である。
つまり二階。都市伝説らしきテレビはどこにあるというのか?ぎしぎしと軋む音に冷や汗をかきながら、手すりに掴まって登る。
上へ上がると天井が低く感じ、僕は窮屈な印象を感じていた。いくつか回ってみたのだが、客間と一つ大きなリビングがあった。
そこにもテレビはあったのだが、どうにも電源がつかないのだ。
客間にもあったが、どれも電源が入らない。どういうことなのか。都市伝説など嘘だったのだろうか?
ふと暗い廊下だが目を凝らしてみると、何か棒のようなものがある。
僕は「ああ、屋根裏部屋があるのだな」と直感し、天井を探した。
するとやはりほこりの隙間に線があり、存在を匂わせていたのだ。何度かジャンプし、ようやくひっかけた。後は引くだけだ。
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