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十年巻き戻って、十歳からやり直した感想


157:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:06:06.26 ID:0NqI+JUK0


浮かない気持ちで現地に集合すると、なんとね、
思いもよらない人間がバイトに来ていたんだ。

そう、本物の方の、僕の元恋人さ。
うん、実に気まずい感じだったよ。
やることも考えることも一緒なんだね、僕たちは。

向こうは僕の顔を見ると、軽く頭を下げた。
僕も同じように返したけど、この分だと、相変わらず、
彼女は僕の正体に気付いていないみたいだった。

僕たちは知り合いと言うことでペアにされて、
暑苦しいサンタのコスチュームを着せられて、
浮かれた夫婦やカップルなんかを相手にした。
かつては僕たちも向こうの人間だったんだけどな。

思えば、高校時代も、友達のいない僕たちは、
他に組む相手がいないときなんかに、
こうやって二人気まずく作業していたんだよ。
それを思うとおかしかったね。


158:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:25:14.99 ID:0NqI+JUK0


休憩時間になると、僕は元恋人を放って、
一人で外に煙草を吸いに行ったんだ。
彼女といると、過ぎたことばかり考えてしまうからね。

何気なく駐車場の様子を眺めていると、
見覚えのある青い軽自動車が入ってくるのが見えた。

それは僕がストーカー時代によく目にした車なんだ。
つまり、代役二人が乗っている車というわけさ。
結構めずらしい車種だったから、すぐに分かった。

そういえば、二十歳のクリスマスの夜、
僕たちはにここを訪れたんだっけ。

 


160:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:32:30.54 ID:ix+gzYEHO



相変わらず引き込まれる。

 


162:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:41:02.54 ID:0NqI+JUK0


休憩が終わってさ、再び抽選会場に戻って、
まあこのあと起こることは予想できると思うけど、
四人は、そこで初めて一堂に会することになるんだ。

いつも以上に幸せそうなその二人は、まさかその幸せが、
目の前にいる二人の冴えないサンタクロースによる
クリスマスプレゼントだったとは、思いもしなかっただろうな。

本物の元恋人の方を見ると、やっぱり、
僕の代役の方を見て、辛そうな目をしてたな。
多分僕も、そういう目をしていたんだと思うよ。

 


164:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:50:59.76 ID:0NqI+JUK0


代役の二人たちが行ってしまってから、僕はしばらく、
彼らがこれからどう過ごすのかを思い出していた。
隣にいる元恋人も、同じことを思い出していたんじゃないかな。
こんなに気分の悪いことって、そうそうないよ。

抽選会場の傍には家電コーナーがあって、
僕は気を逸らすために、そこに置いてある
大型テレビの映像を眺めることにした。

なんてことはないニュース映像が流れていて、
たまに駅前のイルミネーションが映されたりして、
――そして僕は突然、さっきの二人が、
これから死ぬ運命にあるってことに気付いたんだ。

 


166:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 22:59:22.49 ID:0NqI+JUK0


人間の運ってものは、長い目で見れば、
釣り合いの取れてるものなのかもしれないな。

その考え方は、大抵は運のない人間が
自分を慰めるために使う言葉なんだけど、
この時ばかりは、そう思わずにはいられなかったよ。

不思議と、どんな感情も湧いてこなかったね。
そうか、あの二人は死んでしまうのか。それだけ。

どちらかと言えば、喜ぶべきことだったと思うよ。
あの男のことが憎いことには変わりがないし、
あの女の子はどうせ僕のものにはならないんだし。

そう、手に入らないものなら、最初っからない方が幸せなんだ。

 


170:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:09:38.12 ID:xdSlEgev0

ワクワクが止まらない


174:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:27:21.34 ID:ZB2WVlzW0

楽しい


177:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:36:49.37 ID:NxR621130

かっこいい文章だな。応援してまする。


179:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:39:34.95 ID:0NqI+JUK0


でも、次の瞬間には、僕はアルバイトを放り出して、
かつての恋人の手を取って走り出していた。
いやあ、自分でも意味わかんなかったなあ。

でも仕方ない話なんだ。これからすることが、
一人でどうにかできるものなのか分からなかったし、
話を信じて協力してくれるとしたら、彼女だけだろうからね。

デパートの中を駆け抜けていくサンタ二人を見て、
子供なんかは僕らを指差して騒いでいた。
実際、奇妙な光景だったと思うよ。

彼女が何も言わずについてきたのはさ、握られた手に、
どこか懐かしいものを感じたからだと思うんだよ。
なんでかっていうと、僕がまさにそのように感じたから。

 


184:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:50:11.30 ID:0NqI+JUK0


外に出ると、既に吹雪になりかけていた。
僕は車に乗り込んでエンジンをかけた。

珍しく僕の頭は冴えわたっていたんだ。
さっき見たニュースの進行具合から言って、
間に合うかどうかの瀬戸際だったな。

そんな緊迫した状況なのに、一方で僕は、
おかしくて仕方がなかったんだ。

自分が自分らしくない行動に出るのってさ、
多分人生で起こることの中で、一番面白いんだよ。
二周目の人生を主にそれに悩まされてきた僕だけど、
でもやっぱり、人が「らしくない」ことを出来るのって、
何かに対して一矢報いたような気がして、気持ちがよかったね。


188:名も無き被検体774号+:2012/10/21(日) 23:59:52.96 ID:0NqI+JUK0


「二十歳のクリスマスで、ひどい雪の日だったな」
車を飛ばしながら、僕は助手席の彼女に言った。

「覚えてるかな? プレゼントを渡しあった僕たちは、
紅茶を飲みながら、テレビを見ていたんだ。
わざとヒーターはつけないで、二人で毛布を被ってさ。
ロウソクの火でわざわざ暖まったりして……、
そういうのが楽しかったんだ、その頃の僕たちは」

彼女は目を見開いて、僕の方を見つめる。
しかし彼女が何か言う前に、僕は先を続ける。

 


190:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:07:12.91 ID:T7AA0Ab80


「テレビでは事故のニュースがやってた。というのも、
あまりに雪がひどくて、その夜、一部で停電が起きたんだよ。

それはそれでロマンチックではあるんだけどさ、
場所によっては信号までつかなくなっちゃって、
吹雪で視界も悪くて、案の定、痛ましい事故が起きるんだ。

そのとき僕らが聴いてたCDは『レノン・レジェンド』で、
ちょうど『スタンド・バイ・ミー』が終わって、
『スターティング・オーヴァー』が始まった辺りだったな。
それくらい鮮明に覚えてるよ。クリスマスに死ぬなんて、
運の悪い人間もいるもんだなって思ってさ」

 


193:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:15:04.18 ID:T7AA0Ab80


「ニュースの映像では、数台の車がぐちゃぐちゃになってて、
――その中に、青い軽自動車があったことを覚えてるんだ。
実を言うとそれは、二周目の僕にとっては、馴染み深い物でね。
何せ、自分の役割を奪った男が乗っていた車だったから」
そこまで言って、僕は一度、横目に時計を見る。

「このまま放っておけば、同じ事故が起きて、彼らは命を落とす。
それは本当なら、僕にとっては望ましい展開のはずなんだ」

彼女は何も言わず、黙って話を聞いていた。
視界の端で頷く彼女に、僕はまた懐かしい感じを覚えたな。

「でもさ」と僕は言う。
「そういう悲劇を見逃すには、今日はあまりにもめでたい日だ。
それに僕は、一周目の人生を愛しているのと同じように、
それを再現してる彼らのことも、どっか愛してるところがあるんだよ。
僕も、たまには、二周目らしいところを見せてやろうと思う。
一周目の反省や教訓を活かして、もっと優れた二周目を目指すんだ」

 


194:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:16:26.79 ID:E3+Ysevu0

これはむねあつてんかい



196:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:27:18.60 ID:T7AA0Ab80


事故現場に到着した僕らは、停電に備えて待機した。
彼女はおそるおそる僕の肩を叩いて、聞く。
「これまでにも、こうやって、人を助けたりしてきたの?」
相変わらず、いいところに目をつけるんだよな。

「いや。これが初めてだね」と僕は答える。
「だから、今やってるのは、あんまり良くないことだと思うよ。
本来、数えきれないくらいの命を救えたはずの人間が、
いまさら自分の助けたい相手だけ助けるなんてさ」

「そっか……私も、これが初めて」と彼女は言う。
「私、二周目に入ってからも、一周目の記憶を使って
何かしようとしたことは、一度もなかったんだ。
今はこんな風になっちゃったけど、本当は、
私、前の人生を、そのまま繰り返そうと――」

「僕もそうさ」被せるように僕は言った。

 


199:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:33:07.89 ID:T7AA0Ab80


「あのさ」と彼女は言った。
「停電で、見えなくなっちゃう前にね、
最後に一つだけ、確認させて欲しいんだ」

「何を?」と僕が言い終える前には、
彼女は背伸びして、僕の頬に唇を当てていた。
「ごめんね」と彼女は言った。「それだけ」

確かに、確認はそれだけで十分だったんだ。
それだけで、色んなことを、僕は思い出せた。

僕はずいぶん表面的なことに捉われていたんだろうな。
二周目における記憶の制限は、僕の考え方にまで、
致命的な欠陥を与えてしまっていたようなんだ。
言葉にできない感覚を、僕は軽視し過ぎていたんだよ。
このことにしたって、口で言っても伝わんないんだろうけどね。

「こんなに傍にいたんだね」、目を伏せて彼女はそう言った。
彼女が振り返るのとほぼ同時に、辺りの灯りが一斉に消えた。


200:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:42:03.35 ID:T7AA0Ab80


それは実に馬鹿げた光景だったと思うよ。
サンタクロース二人が袋から色んな灯りを出してさ、
誘導棒を持って交通整理をし始めたんだから。

用意した色とりどりの回転灯なんかは、見方によっては、
クリスマスのイルミネーションに見えなくもなかったな。
馬鹿みたいに沢山並べたんだよ、僕たち。

しかも僕はその馬鹿らしさに当てられちゃって、
窓を開けてねぎらいの言葉をくれたカップルとかに、
何回か「メリークリスマス!」を言っちまったんだ。

一番言いたくなかったはずの言葉なのにな。
格好と寒さで頭がどうかしてたんだと思うよ。

本当に酷い吹雪でさ、目を開けているのも辛かったし、
無意識に奥歯を噛みしめちゃって、顎が痛くて、
自分がどこまで服を着てるのかも分かんないくらい、
体のあらゆるところが冷え切ってたね。

 


201:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:47:52.28 ID:T7AA0Ab80


僕のやり方が正しかったかどうかは分からない。
でも、結局、事故は一件も起こさずに済んだんだ。

何回か僕たちの方が轢かれそうになったけど、
まあ目立つ服装だったからね、何とか生き延びた。
この日ばかりはサンタクロースの格好に感謝したね、
これがジャックランタンとかだったら、間違いなく死んでたよ。

そして、例の青い車が通り過ぎるのを、僕たちは見送った。
かつての僕たちが通り過ぎていくのを見送ったんだ。

最初っから最後まで、彼らはなんにも知らない。
でも、それでいいんだと思うよ。

それどころか、自分が助けられたということに
彼らがまったく気付いていないことが、
僕にとっては、たまらなく痛快だったんだ。

 


202:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 00:53:02.12 ID:T7AA0Ab80


電気が復旧した頃には、僕たちの体は死体みたいに冷えて、
風邪でも肺炎でもなんでも来いって感じだったね。

どこかで暖まりたかったけど、既にどこの店も閉まっていて、
携帯にはバイト先から着信が何件もきていて、
雪にタイヤをとられて車が動かなくなって、
どっから手を付けていいのか分からないような状況だったな。

けれどもそのとき、時計の針が、十二時をさしたんだ。
そう、この瞬間、繰り返しは終わりを告げる。

ここから先は、僕たちも完全に知らない世界だ。

本物の元恋人は、歯をがちがち言わせて震えながら、
消えそうな声で、「さむいね」と僕に微笑みかけた。
それだけ喋るので精いっぱいだったんだと思う。

思えばさ、ここ十年、僕は寒さを分かち合う相手さえいなかったんだ。

 


204:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:01:16.11 ID:T7AA0Ab80


なんでかな。その時ふいに、僕は幸せな気持ちになったんだ。
代役の二人は今後も僕らの席に座り続けるだろうし、
後期の単位は既に取り返しがつかないし、友達はいないし、
おまけに今すぐ凍えて死にそうで――けれども、幸せだったんだ。

これからは、何があっても、大抵のことは平気な気がしたんだ。
僕たちなら、それなりに上手くやっていけそうな気がした。
それはいかにも根拠のない自信だったけど、
根拠がない自信ほど、強力なものもないんだよ。

混乱してたのかもしれないけど、ひょっとすると、そのときの僕は、
一周目の二十歳のクリスマスより、幸せだったかもしれない。
だとしたら、それって、本当に本当にすごいことだよ。

十年ぶりの、ハッピークリスマスってやつだったんだ。

 


205:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:05:02.90 ID:T7AA0Ab80


朝方に帰宅した僕は、眠気もまったくなくて、
なんだか生まれ変わったような気分だった。

僕が恋人から貰ったプレゼントをごそごそやっていたせいで、
僕のベッドで寝ていた妹が、目を覚ました。
眠たげな目で、枕元にある僕からのプレゼントを眺めて、
少し遅れて、「おおー」と満更でもなさそうに言った。
寝起きの妹って、ちょっとだけ一周目の面影があるんだよ。

僕はベッドに腰掛け、「なあ」と話しかけた。

「兄ちゃんは、十年後から戻ってきたんだよ」

妹は寝ぼけた顔で、やっぱり、「おかえりー」と笑った。
僕はそれが大のお気に入りだったから、
「ただいま」と言って妹の頭を撫でた。
妹は不服そうに僕の顔を見つめたけど、
内心、そんなに悪い気はしていないみたいだった。


206:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:07:29.74 ID:kzbyqIXi0

目から体液が出そうなんですがどうすればいいでしょうか



207:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:08:53.37 ID:Gi1fzlQp0

( ´;ω;`)ブワッ



208:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:10:14.22 ID:T7AA0Ab80


「兄ちゃんは、十年後から戻ってきてたんだ。
僕は十歳から二十歳の人生を、もう一度やり直したのさ。

そのときの僕には、これから自分が犯す過ちだとか、
本当にやるべきことというのが、分かったんだ。
なろうと思えば、神童にだって、予言者にだってなれた。

でも、僕はなにひとつ変える気がなかったんだ。
前と同じ人生を送られれば、それだけで十分だったからね。

しかし僕は、一周目の再現に失敗してしまったんだ。
周りの幸せだったはずの人たちにも、悪い影響を与えてしまった。
――ただ、だからこそ、僕は知ってるんだよ。
僕たちは、もっとまともになれるはずだったってことを。
微妙な違いで人は変わるし、変われるんだってことを。

ちょっと歯車がずれて、こんな風にはなってしまったけれど、
それは些細な違いであって、僕らがまともになれない理由はないはずなんだ。
だからさ、もう一度、あの日々を取り戻そう。そろそろ、反撃開始と行こうじゃないか」

プレゼントを抱えた妹は、やっぱり、「よくわかんない」と答えた。
いずれわかるさ、と僕は言った。

 


209:名も無き被検体774号+:2012/10/22(月) 01:16:18.67 ID:T7AA0Ab80


というわけで、物語はここまでです。
最後まで読んでくれた方、ありがとうございます。

今日もこの場を借りて宣伝……というか、
すでに何人かに指摘されちゃってますが、
そうです、作者は「げんふうけい」の僕でした。

 

SS, 名作

Posted by wpmaster