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十年巻き戻って、十歳からやり直した感想


39:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:09:19.30 ID:vRIuLzlA0


ところが、僕がドッペルゲンガー殺害計画を立て、
嬉々として殺害方法を考えていた夜、その妹が、
一人で僕のアパートにやってきたんだ。

僕のことが大嫌いなはずの妹がだよ。

ちょうど、初雪が観測された日のことだったな。
あまりに寒いから、やむなくヒーターを点けて、
懐かしい感じのする灯油の匂いが部屋に満ちて、
そのとき、部屋の呼び鈴が鳴ったんだ。

制服にカーディガンを重ねただけの格好の妹は、
白い息を吐きながら、僕の目を見ずに言った。
「しばらく、ここに泊めてちょうだい」


41:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:14:26.01 ID:vRIuLzlA0


本人はその言い方をしたがらなかったけど、
妹のしていることは、いわゆる「家出」だった。

らしくないことをするな、と僕は思ったな。
たとえ家に不満があっても、家出のような
意味のない行動に出るやつには見えなかったし。

「どうやってここまで来たんだ?」と僕がたずねると、
妹は「どうだっていいでしょう?」と模範解答をした。

「汚い部屋」と妹は言った。「趣味も悪いし」
「嫌なら出てけ」と僕も模範解答をした。

一周目の妹だったら、苦笑いしながら掃除して、
美味しい料理でも作ってくれたんだろうけど。

 


42:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 00:19:50.27 ID:vRIuLzlA0


妹だって、僕のところに来たくはなかったはずだ。
友人の少ない妹には、他に行く当てもないから、
やむを得なくここに家出してきたんだろうな。

まだ冬休みも始まっていないだろうし、
そんなに長くは滞在しないとは思うけど、
さっさと出て行ってくれないかな、と僕は思った。

けれども妹に強く言う勇気もなかった。
二周目の僕はとことん臆病者なんだよ。
そして二周目の妹はちょっと怖いんだよ。

かくして、非常にぎすぎすした二人暮らしが始まったんだ。

60:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:09:48.94 ID:vRIuLzlA0


翌朝の八時くらいに、妹は僕を揺り起した。
驚いてすっかり目が覚めてしまった僕に、
妹は「この街の図書館に連れてって」と言った。
それからちょっと間を置いて、「いますぐに」と付け足した。

二周目に入ってから、僕の睡眠時間は激増して、
十時間は眠らないと辛い体質になってしまっていた。
多分、起きてる時間が苦痛だからなんだろうけどさ。

それでも、相手が家出少女だろうと不登校児だろうと、
女の子に起こされるってのは、悪い気分じゃなかったね。
そういうのって、なんだかとっても人間的だよ。

 


62:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:21:16.55 ID:vRIuLzlA0


車に乗った妹の第一声が、「煙草くさい」だ。
そして後部座席を見て、「きたない」と言った。
「持主の性格が分かるね」とのこと。そいつはすごい。

空は曇っていて、辺りは薄い霧に覆われていた。
図書館へ向かう最中も妹は文句を言い通しで、
勝手に借りている僕のコートが煙草くさいとか、
何か音楽は流さないのかとか、好き勝手言っていた。

無視し続けたら、ティッシュの箱で叩いてきた。
「人の話はちゃんと聞きなさい」と言われた。ごもっともだ。
ちなみに図書館では、本選びに時間をかける妹に
「まだか」と聞いたら、「しゃべるな」と本で叩かれた。
二周目の妹ってのは、こんな感じなんだよ。

 


63:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:26:31.27 ID:xgH/76tr0



妹結構かわええやん

 


64:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:30:59.57 ID:vRIuLzlA0


妹は、僕の部屋で一日中本を読んで過ごすらしい。
僕が家を出て行こうとすると、妹は顔を上げて、
「おにいちゃん、大学行くの?」と聞いてきた。

「殺害したい相手の生活パターンを知りたいから、
ストーカーしに行くんだ」と言うわけにもいかないから、
僕は「そう、大学だよ。七時には帰る」と答えておいた。

今年中には、この問題に決着をつけたかったんだ。
ドッペルゲンガーと元恋人が共にクリスマスを過ごしたり
新年を迎えたりすることなんて、考えたくもなかったからね。

 


65:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:38:33.01 ID:vRIuLzlA0


その頃になると、殺害方法は既に決まっていて、
ドッペルゲンガーの行動様式も大体把握して、
実を言うと、とっくに行動に移っても良い頃合だったんだ。

それでも僕がだらだらと尾行を続けていたのは、
多分、踏ん切りがつかなかったからと思う。

つまり僕は、彼が欠点を晒してくれるのを待っていたんだな。
僕は、彼が死ぬべき人間だって思い込みたかったんだ。
殺すに値する理由が、ほんの少しでも欲しかったんだよ。

困ったことに、数か月に渡ってあら探しを続けても、
彼は短所らしい短所をまったく見せないでいた。

どっちかと言うと、僕の方が死ぬべき人間なんだろうな。

 


66:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 20:45:07.83 ID:vRIuLzlA0


妹と図書館に行ってきた時に借りた本によると、
ドッペルゲンガーには、以下のような特徴があるらしい。

・周囲の人間と会話をしない。
・本人に関係のある場所に出現する。
・ドッペルゲンガーに出会った本人は死んでしまい、
 ドッペルゲンガーがオリジナルになってしまう。

ちょっと考えればわかることだけど、これらの特徴、
どちらかというと全て、僕の方に当てはまるんだよな。

友人のいない僕はめったに人と会話しないし、
同じ大学に通う僕らは出現場所が似ているし、
死ぬとしたら彼の方だし(僕が殺すからね)、
向こうの方が見た目も中身も一周目の僕に近い。

これじゃあまるで、僕が偽物みたいじゃないか。


69:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 21:57:05.56 ID:vRIuLzlA0


友人がいないと言えばさ、一周目の僕は、
仲良く談笑できるくらいの相手は、大学中に、
控え目に見積もっても二百人はいたんだよ。

当時の僕は、そいつらが皆、癖こそあれ、
それぞれにいい所を持った奴に見えたんだけど、
今になって少し離れた場所から見ていると、
どいつもこいつも、ろくでなしのように見えたね。

自分と関係のある人間が良いやつに見えて、
関係のない人間が嫌な奴に見えるのは当前だけどさ、
変な話、そういうことに僕は慰められたんだよ。

ああ、少なくとも、一周目の僕は、全てにおいて
恵まれていたわけじゃなかったんだ、って思うとね。

惨めな話だよ、そんなことに喜びを感じるなんて。

 


70:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:08:42.41 ID:vRIuLzlA0


かつての友人たちが、一周目とは違う顔を
僕に見せるのは、なかなか興味深かったね。

優しいと思ってた奴が利己心の塊だったり、
謙虚だと思ってた奴が自己顕示欲の塊だったりさ。

ただ、これは僕の憶測だけど、一周目において、
僕が彼らのことを良い人間だと感じていたのは、
けっして勘違いではなかったと思うんだよ。

 


73:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:19:58.26 ID:vRIuLzlA0


人ってのは、極端に優れた人物を前にすると、
無意識にそいつの影響を受けてしまって、
一時的に良い人間になれるんじゃないかな。

一周目の僕を前にしているときに限定すれば、
おそらく彼らは、実際に良い人間だったんだよ。
逆に、今の僕みたいなのを前にすると、
肩の力を抜いて、安心して屑になれるんだ。

僕が何を言いたいかっていうとね、
相手が嫌な人間だと感じたら、その時点で、
少なからずこちらにも責任があるってわけさ。

 


74:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:31:56.64 ID:vRIuLzlA0


ただ、いくら自分と関係がなくなっても、
これっぽっちも魅力を減じないどころか、
ますます魅力を増すような人間もいたね。
まあ、もちろん、元恋人のことだけどさ。

手に入らないものほど欲しくなるってのもあるけど、
二周目の僕は、下手をすれば一周目の僕より、
更に彼女を好きになっていたように思うな。
うん、崇拝していたと言っても過言ではないね。

今こそ、今こそ人生をやり直すチャンスをくれよ、
そう僕は思った。今度こそ上手くやってみせるからさ。

僕は布団にもぐり、目を閉じて、その晩も祈る。
目が覚めたら三周目が始まっていますように。

 


75:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:50:05.67 ID:vRIuLzlA0


さて。妹が家出してきてから、五日が経過した。

さすがにそろそろ邪魔になってきたから、
勇気を出して、「いつ頃帰る?」と聞いてみると、
「おにいちゃんが帰れ」と返された。僕が悪かったよ。

ちょうどその日、母親から電話があって、
妹がそちらに行っていないかと聞かれたから、
五日前から居座っていることを正直に話してやった。

そのことを妹に伝えると、彼女は「そっか」とだけ言い、
しばらくすると、荷物を丁寧にまとめ始めた。
こういうところは、異様にものわかりが良いんだよな。

 


76:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 22:57:00.94 ID:vRIuLzlA0


バスターミナルまでは見送ることにした。
雪が結構ひどくて、あまり街灯もない道で、
妹一人で行かせるには心配だったからね。

隣と呼んでいいのかどうか分からないくらいの
絶妙な距離を保ちながら歩く僕たちは、
あいかわらず、終始口をつぐんでいた。
一周目だったら、手を繋いで歩いてたとこだよ。

妹は、僕のことを恨んでるんじゃないかと思ったな。
まあ、とっくに嫌われてるからいいけどさ。
それに、これから人一人殺そうって人間が、
誰にどう思われるか一々気にしてたら、きりがないよ。

 


79:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:03:49.33 ID:vRIuLzlA0


バスターミナルの建物は老朽化してて、
壁や床はあちこち黒ずんで、蛍光灯は黄ばんで、
椅子のクッションは破れて中身が飛び出し、
売店には薄汚いシャッターが下りていた。

バスを待つ客も数人のみで、しんとしていた。
あまりにも陰鬱な感じがして、まるでここにいる皆が、
家出先から実家に帰るとこなんじゃないかって感じ。

「汚いところ」と妹は言った。「お兄ちゃんの部屋みたい」
「情緒があるよ」と僕は自分の部屋をフォローした。


81:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:14:55.55 ID:vRIuLzlA0


僕と妹は、40cmくらい距離をとって椅子に座り、
カップ式自販機のココアを飲みながらバスを待った。

ひどい場所だったね。ここからバスに乗ったら、
昭和や大正に連れてかれるんじゃないかと思った。
まあ、本当にそうだとしたら、僕は進んで乗っただろうけどね。

僕がココアを飲み終えると、妹は「ん」と手を差出し、
僕のカップを自分のカップに重ね、捨てに行った。
すたすた歩く妹の背中を、僕は後ろから眺めていた。

一周目の妹と比べると、ずいぶん頼りない感じがしたな。

 


82:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:22:12.87 ID:vRIuLzlA0


突然僕は、妹に、ものすごく悪いことをしたような気になった。

妹が家出した十六歳の女の子だってことを、
僕は、きちんと配慮していたと言えるだろうか?
本当は、母親には嘘をつくべきだったんじゃないか?

そもそもこの子は、家出なんてするタイプじゃないんだ。
よっぽどの考えがあって、僕のもとに来たんだろう。

せめて本人が満足するまでの間くらいは、
かくまってやった方が良かったんじゃないか?

 


83:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:33:45.66 ID:vRIuLzlA0


妹がバスに乗り込む寸前、「なあ」と僕は言った。
「また家出したくなったら、来るといいよ」

こんな台詞でも、言うのにずいぶん勇気を必要とした。
二周目の僕は、家族に対してさえ臆病なんだよ。

振り返った妹は、めずらしく目を見開いて、
しばらく立ち止まって僕の顔を見て、
「そうする」と言って笑い、バスに乗り込んだ。

バスが行ってしまうと、僕は待合室に戻り、
帰り道に向けて、再びココアで体を温めた。
妹の笑顔を見て、やけにほっとしている自分がいたな。

 


84:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:37:20.49 ID:UO/D64dt0



なんだろう、笑ってくれただけなのに妹がかわいい


 


85:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:44:28.71 ID:vRIuLzlA0


妹は僕の言葉に甘えることにしたらしく、
三日後、再び僕の部屋を訪れた。

家にいるときに妹がすることと言えば、
一方的に僕の悪口を並べ立てた後、
「おにいちゃんは駄目だねー」と言うことだった。

そして僕の夕飯をおいしそうに食べ、
僕のベッドを占領してすやすや寝た。

翌日、父親が迎えに来て、妹を連れて帰った。
この分だと、またすぐに戻ってくるだろう。
何が彼女をここまでさせるんだろうか?

 


86:名も無き被検体774号+:2012/10/19(金) 23:56:07.72 ID:1lzDpgtC0


なんか人間臭い部分がすげぇ共感できるわ


SS, 名作

Posted by wpmaster